1.まえがき
2022年2月24日に開始されたウクライナ戦争は、約1年半を迎えた現在もその帰趨は予測できないが、世界の原子力発電に与えつつある影響については、その様相がある程度見えてきたように思う。ウクライナ戦争が世界の原子力発電に及ぼす影響について、現状を把握するとともに、今後の見通しについて私見を述べたい。
2.ウクライナ戦争が原子力発電に及ぼす影響の現状
原子力発電主要国におけるウクライナ戦争開始後のエネルギー安全保障に関連する主な状況について以下に記す。
(1) 英国
EDFエナジー社が英国で約20年ぶりの原子力発電所としてヒンクリーポイントC(HPC)発電所(1,720MWe, EPR×2基)を建設中であるが、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻後、英国政府は「長期的なエネルギー独立、安全保障、及び繁栄を強化する」ための「国産電力の大幅加速」を発表した。現状、原子力発電設備容量約6.5 GW及び原子力発電割合約15%に対し、2050年までにそれぞれ、約24 GW及び約25%へと大幅に増大させるエネルギー安全保障戦略がその中心である。「新プロジェクト促進」ための新政府組織、Great British Nuclearが設立され、「原子力プロジェクトの開発を支援し、産業界の競争を刺激し、投資を開放するための1.2億ポンド(約220億円)のFuture Nuclear Enabling Fundが動き出している。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-t-z/united-kingdom.aspx
(2) フランス
フランスでは原子力発電の割合は約70%であったが、過去2年間新設原子力の配管トラブル等のため原子力発電量が一時的に低下していた。マクロン大統領は(ロシアのウクライナ侵攻前の)2022年2月10日、同国のCO2排出量を2050年までに実質ゼロ化するという目標の達成に向け、国内で改良型の欧州加圧水型炉(EPR2)を新たに6基建設するほか、さらに8基の建設に向けて調査を開始すると発表した。原子力産業の再活性化に関し閣僚が招集されて,新たなエネルギー計画案策定に向けた検討が始まっており、その中でウクライナ戦争後のエネルギー安全保障に向けた見直しも進めていると考えられる。また、フランス電力(EDF)が原子力・代替エネルギー庁(CEA)らと共同開発しているPWRタイプの小型モジュール炉(SMR)「NUWARD」に関しても、2030年までにプロトタイプを建設できるよう10億ユーロ(約1,570億円)の予算を付けてプログラムを進めていく考えである。 2023年1月には、フランス元老院は、原子力の割合を2035年までに50%に減少するという従来の方針を転換し、2050年までに50%以上を維持すること、新EPR2とSMRを2050年までに建設する可能性など、新原子力施設の建設と既存施設の運転に関する手続きの加速を目指す法案を可決した。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-a-f/france.aspx
(3) ドイツ
ドイツは、緑の党が政権に参入して以来の脱原子力発電への移行は東京電力福島第一原子力発電所事故以前から既定路線だった。ただし、ウクライナ戦争の結果、ロシアからのガス供給が途絶することなどによりエネルギー事情が厳しさを増したことから、原子力発電3基の運転停止が2022年末から2023年4月15日まで延長されたが、2011年の法制化に基づき、脱原発を完了させた。ウクライナ情勢の先行きが不透明な状況が続いていることもあり、欧州で電気代が最も高く地球温暖化ガスの排出量が最も多い国の一つであり、原子炉停止後のエネルギーが安定に供給できるのか注目されている。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-g-n/germany.aspx
(4) オランダ
オランダでは、1基のボルッセレ原子力発電所(PWR, 482MWe)が運転中であるが、2021年12月、政府は原子力を気候変動とエネルギー政策の中核に位置付け、2022年12月には、ボルッセレに新しい大型原子炉2基(各1,000-1,650MWe)の建設について2024年に最終決定するとした。同月末、既存のボルッセレ原子力発電所の運転延長、新原子炉2基の建設、小型モジュール型原子炉の開発等を含む原子力エネルギー開発のための暫定予算約3,2億ユーロ(約500億円)が政府により発表された。
https://world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-g-n/netherlands.aspx
(5) 米国
2023年5月15日に米国原子力エネルギー協会(NEI)主催の「原子力エネルギー大会」において、コースニック理事長は、現在の連邦政府による原子力への支援は前例のないものであり、その広がりは連邦政府にとどまらず、州政府にまで及んでいる現状について具体例を挙げて紹介した。また経済全体の脱炭素化には原子力が有効とする見方が電力会社だけでなく、化学や鉄鋼、金融業界にまでその支援が広がっていることに言及。同理事長は、現在の原子力に対する需要について、「原子力の黎明期以来、最大の盛り上がりを見せている」としながらも、この需要に応えるためには、コスト、サプライチェーンの強化、人材開発、規制改革などの課題に果敢に対処していく必要があると述べている。
https://www.jaif.or.jp/information/nei_ceo_message
(6) 日本
世界規模の気候変動問題への対応ばかりでなく、ウクライナ戦争による電力需給ひっ迫やエネルギー価格の高騰などの影響を受けて、岸田内閣は2023年2月に「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定した。「GX」即ちGreen Transformationは、産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換することを意味するもので、その中で、エネルギー基本計画を踏まえて原子力発電の活用に関して以下の趣旨が述べられている。
1) 安定供給とカーボンニュートラルの実現の両立に向け、エネルギー基本計画に定められている2030年度電源構成に占める原子力比率20-22%の確実な達成に向けて、安全性を優先し、原子力規制委員会による安全審査合格、かつ、地元の理解を得た原子炉の再稼働を進める。
2) 原子力の安全性向上を目指し、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設に取り組む。
3) 既存の原子力発電所を可能な限り活用するため、現行制度と同様に「運転期間は40年、延長を認める期間は20年」との制限を維持し、原子力規制委員会による厳格な安全審査が行われることを前提に、審査に要した停止期間に限り、追加的な延長を認めることとする。
https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002_1.pdf
2011年3月の福島第一原子力発電所事故以来、政府が初めて原子炉の新設・増設の道を明確に拓いたことは画期的と言える。
3.ウクライナ戦争が原子力発電に及ぼす今後の影響
以上、原子力主要国のウクライナ戦争以降の新たな動きを踏まえて、今後の原子力利用・計画国に及ぼす影響について考察したい。ウクライナ戦争が短期に停戦に向かう場合と中長期的に継続する場合で、様相が将来的に多少異なるのは当然であるが、以下ではウクライナ戦争が短期的には終息しない前提での予測であることを予め断りたい。
(1) まず、大きな流れとして2022年7月にEU議会が承認したEUタクソノミ−に原子力を含める補完規則を決定し、2023年1月から施行したことが、原子力への取組みに対する流れを後押ししたといえよう。次に、欧州を中心に、ロシアからの天然ガスや石油の輸入が急縮小したことによるエネルギー価格の高騰が挙げられる。そのため、英国、フランス、オランダ以外の原子力利用国でも原子力発電の重要性・必要性が強く認識され、既存原子炉の運転延長、SMRを含む新規原子炉の導入が進められると考えられる。
(2) これと同時に、欧州諸国はEUとして、2050年までに温室効果ガス排出の実質ゼロを目標に掲げているが、ウクライナ戦争の結果、どの国にとってもエネルギー安全保障がトッププライオリティーになってしまい、2050年の実質ゼロ目標の達成は大きな影響を受ける可能性があるものと考えられる。
(3) 欧州における原子力撤退国である、ドイツ、イタリア、オーストリアの諸国はエネルギー価格の高騰により、中長期的に経済が疲弊の方向に向かうものと予想される。特に、ドイツは製造業の柱であるフォルクスワーゲンなど自動車会社の製造工場等を国外に移す流れが加速しつつあり、厳しい局面に向かうものと考えられる。ベルギーは老朽原発の稼働期間を延長することにより、また、スイスは電力に占める水力発電の割合が6割あることから、既存の原子力発電所の運転延長により延命が可能と考えられる。
(4) 上記、(1)と(2)の傾向は、欧州以外の諸国でも事情は多かれ少なかれ同様と考えられ、エネルギー安全保障の観点から、再生可能エネルギーにも一定の比重を保ちつつ、原子力発電の重要性・必要性の認識がグローバルに拡大してゆくものと考えられる。国によっては資金調達の観点から、投資コストが小さいSMRに需要が特化していく可能性がある。
(5) 国際エネルギー機関(IEA)が2022年10月に発表した年次報告書「2022年版世界エネルギー見通し」では、原子力については、今後、既存炉の運転期間延長の決定と新規建設プログラムの成功が鍵を握るとし、なかでもNZEシナリオ(ネットゼロエミッションシナリオ: 世界の平均気温を1.5 ℃に安定させ、主要なエネルギー関連の国連持続可能な開発目標を達成する方法を示すもの)では、2020年代に相次ぐ先進国での運転期間延長が世界の排出量抑制に役立ち、さらに2022〜2050年に毎年平均24 GWの設備容量が追加されることにより、2050年までに原子力発電設備容量が2倍以上に増加することが描かれており、上記(1)〜(4)までの見通しと概ね方向が一致していると考える。
https://www.jaif.or.jp/information/world-energy-outlook2022/
4.まとめ
ウクライナ戦争が、世界の原子力発電主要国に及ぼす影響について、主としてエネルギー安全保障の観点からの現状把握と今後の見通しについての考察を試みた。各国が置かれたエネルギー事情やエネルギー政策に応じて各国がそれぞれ対応しているものの、ウクライナ戦争の結果、今やエネルギー安全保障が最優先事項になり、概して原子力の重要性・必要性の重みが増大したと言えよう。今後は、再生可能クリーンエネルギーにも一定の配慮を保ちつつ、グローバルな安定解を求めて行くことになろう。我が国について言えば、「欧州におけるエネルギー安全保障と温暖化ガス排出抑制の最劣等生」であるドイツではなく、原子力をエネルギー源の中核に据えるフランスを見習うべきである。「GX実現に向けた基本方針」が絵に描いた餅とならないように、再稼働、次世代革新炉の開発・建設、運転延長などについて、早急に具現化を図り、具体的に肉付けをして粛々と実行して成果を上げて行くことが大事である。(杉本純記)
pdfはこちらから(プリント版)
今号には、PDF版に「赤ペンおやじのつぶやき」も掲載されています。力作です。合わせてごらんください。
2.ウクライナ戦争が原子力発電に及ぼす影響の現状
原子力発電主要国におけるウクライナ戦争開始後のエネルギー安全保障に関連する主な状況について以下に記す。
(1) 英国
EDFエナジー社が英国で約20年ぶりの原子力発電所としてヒンクリーポイントC(HPC)発電所(1,720MWe, EPR×2基)を建設中であるが、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻後、英国政府は「長期的なエネルギー独立、安全保障、及び繁栄を強化する」ための「国産電力の大幅加速」を発表した。現状、原子力発電設備容量約6.5 GW及び原子力発電割合約15%に対し、2050年までにそれぞれ、約24 GW及び約25%へと大幅に増大させるエネルギー安全保障戦略がその中心である。「新プロジェクト促進」ための新政府組織、Great British Nuclearが設立され、「原子力プロジェクトの開発を支援し、産業界の競争を刺激し、投資を開放するための1.2億ポンド(約220億円)のFuture Nuclear Enabling Fundが動き出している。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-t-z/united-kingdom.aspx
(2) フランス
フランスでは原子力発電の割合は約70%であったが、過去2年間新設原子力の配管トラブル等のため原子力発電量が一時的に低下していた。マクロン大統領は(ロシアのウクライナ侵攻前の)2022年2月10日、同国のCO2排出量を2050年までに実質ゼロ化するという目標の達成に向け、国内で改良型の欧州加圧水型炉(EPR2)を新たに6基建設するほか、さらに8基の建設に向けて調査を開始すると発表した。原子力産業の再活性化に関し閣僚が招集されて,新たなエネルギー計画案策定に向けた検討が始まっており、その中でウクライナ戦争後のエネルギー安全保障に向けた見直しも進めていると考えられる。また、フランス電力(EDF)が原子力・代替エネルギー庁(CEA)らと共同開発しているPWRタイプの小型モジュール炉(SMR)「NUWARD」に関しても、2030年までにプロトタイプを建設できるよう10億ユーロ(約1,570億円)の予算を付けてプログラムを進めていく考えである。 2023年1月には、フランス元老院は、原子力の割合を2035年までに50%に減少するという従来の方針を転換し、2050年までに50%以上を維持すること、新EPR2とSMRを2050年までに建設する可能性など、新原子力施設の建設と既存施設の運転に関する手続きの加速を目指す法案を可決した。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-a-f/france.aspx
(3) ドイツ
ドイツは、緑の党が政権に参入して以来の脱原子力発電への移行は東京電力福島第一原子力発電所事故以前から既定路線だった。ただし、ウクライナ戦争の結果、ロシアからのガス供給が途絶することなどによりエネルギー事情が厳しさを増したことから、原子力発電3基の運転停止が2022年末から2023年4月15日まで延長されたが、2011年の法制化に基づき、脱原発を完了させた。ウクライナ情勢の先行きが不透明な状況が続いていることもあり、欧州で電気代が最も高く地球温暖化ガスの排出量が最も多い国の一つであり、原子炉停止後のエネルギーが安定に供給できるのか注目されている。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-g-n/germany.aspx
(4) オランダ
オランダでは、1基のボルッセレ原子力発電所(PWR, 482MWe)が運転中であるが、2021年12月、政府は原子力を気候変動とエネルギー政策の中核に位置付け、2022年12月には、ボルッセレに新しい大型原子炉2基(各1,000-1,650MWe)の建設について2024年に最終決定するとした。同月末、既存のボルッセレ原子力発電所の運転延長、新原子炉2基の建設、小型モジュール型原子炉の開発等を含む原子力エネルギー開発のための暫定予算約3,2億ユーロ(約500億円)が政府により発表された。
https://world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-g-n/netherlands.aspx
(5) 米国
2023年5月15日に米国原子力エネルギー協会(NEI)主催の「原子力エネルギー大会」において、コースニック理事長は、現在の連邦政府による原子力への支援は前例のないものであり、その広がりは連邦政府にとどまらず、州政府にまで及んでいる現状について具体例を挙げて紹介した。また経済全体の脱炭素化には原子力が有効とする見方が電力会社だけでなく、化学や鉄鋼、金融業界にまでその支援が広がっていることに言及。同理事長は、現在の原子力に対する需要について、「原子力の黎明期以来、最大の盛り上がりを見せている」としながらも、この需要に応えるためには、コスト、サプライチェーンの強化、人材開発、規制改革などの課題に果敢に対処していく必要があると述べている。
https://www.jaif.or.jp/information/nei_ceo_message
(6) 日本
世界規模の気候変動問題への対応ばかりでなく、ウクライナ戦争による電力需給ひっ迫やエネルギー価格の高騰などの影響を受けて、岸田内閣は2023年2月に「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定した。「GX」即ちGreen Transformationは、産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換することを意味するもので、その中で、エネルギー基本計画を踏まえて原子力発電の活用に関して以下の趣旨が述べられている。
1) 安定供給とカーボンニュートラルの実現の両立に向け、エネルギー基本計画に定められている2030年度電源構成に占める原子力比率20-22%の確実な達成に向けて、安全性を優先し、原子力規制委員会による安全審査合格、かつ、地元の理解を得た原子炉の再稼働を進める。
2) 原子力の安全性向上を目指し、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設に取り組む。
3) 既存の原子力発電所を可能な限り活用するため、現行制度と同様に「運転期間は40年、延長を認める期間は20年」との制限を維持し、原子力規制委員会による厳格な安全審査が行われることを前提に、審査に要した停止期間に限り、追加的な延長を認めることとする。
https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002_1.pdf
2011年3月の福島第一原子力発電所事故以来、政府が初めて原子炉の新設・増設の道を明確に拓いたことは画期的と言える。
3.ウクライナ戦争が原子力発電に及ぼす今後の影響
以上、原子力主要国のウクライナ戦争以降の新たな動きを踏まえて、今後の原子力利用・計画国に及ぼす影響について考察したい。ウクライナ戦争が短期に停戦に向かう場合と中長期的に継続する場合で、様相が将来的に多少異なるのは当然であるが、以下ではウクライナ戦争が短期的には終息しない前提での予測であることを予め断りたい。
(1) まず、大きな流れとして2022年7月にEU議会が承認したEUタクソノミ−に原子力を含める補完規則を決定し、2023年1月から施行したことが、原子力への取組みに対する流れを後押ししたといえよう。次に、欧州を中心に、ロシアからの天然ガスや石油の輸入が急縮小したことによるエネルギー価格の高騰が挙げられる。そのため、英国、フランス、オランダ以外の原子力利用国でも原子力発電の重要性・必要性が強く認識され、既存原子炉の運転延長、SMRを含む新規原子炉の導入が進められると考えられる。
(2) これと同時に、欧州諸国はEUとして、2050年までに温室効果ガス排出の実質ゼロを目標に掲げているが、ウクライナ戦争の結果、どの国にとってもエネルギー安全保障がトッププライオリティーになってしまい、2050年の実質ゼロ目標の達成は大きな影響を受ける可能性があるものと考えられる。
(3) 欧州における原子力撤退国である、ドイツ、イタリア、オーストリアの諸国はエネルギー価格の高騰により、中長期的に経済が疲弊の方向に向かうものと予想される。特に、ドイツは製造業の柱であるフォルクスワーゲンなど自動車会社の製造工場等を国外に移す流れが加速しつつあり、厳しい局面に向かうものと考えられる。ベルギーは老朽原発の稼働期間を延長することにより、また、スイスは電力に占める水力発電の割合が6割あることから、既存の原子力発電所の運転延長により延命が可能と考えられる。
(4) 上記、(1)と(2)の傾向は、欧州以外の諸国でも事情は多かれ少なかれ同様と考えられ、エネルギー安全保障の観点から、再生可能エネルギーにも一定の比重を保ちつつ、原子力発電の重要性・必要性の認識がグローバルに拡大してゆくものと考えられる。国によっては資金調達の観点から、投資コストが小さいSMRに需要が特化していく可能性がある。
(5) 国際エネルギー機関(IEA)が2022年10月に発表した年次報告書「2022年版世界エネルギー見通し」では、原子力については、今後、既存炉の運転期間延長の決定と新規建設プログラムの成功が鍵を握るとし、なかでもNZEシナリオ(ネットゼロエミッションシナリオ: 世界の平均気温を1.5 ℃に安定させ、主要なエネルギー関連の国連持続可能な開発目標を達成する方法を示すもの)では、2020年代に相次ぐ先進国での運転期間延長が世界の排出量抑制に役立ち、さらに2022〜2050年に毎年平均24 GWの設備容量が追加されることにより、2050年までに原子力発電設備容量が2倍以上に増加することが描かれており、上記(1)〜(4)までの見通しと概ね方向が一致していると考える。
https://www.jaif.or.jp/information/world-energy-outlook2022/
4.まとめ
ウクライナ戦争が、世界の原子力発電主要国に及ぼす影響について、主としてエネルギー安全保障の観点からの現状把握と今後の見通しについての考察を試みた。各国が置かれたエネルギー事情やエネルギー政策に応じて各国がそれぞれ対応しているものの、ウクライナ戦争の結果、今やエネルギー安全保障が最優先事項になり、概して原子力の重要性・必要性の重みが増大したと言えよう。今後は、再生可能クリーンエネルギーにも一定の配慮を保ちつつ、グローバルな安定解を求めて行くことになろう。我が国について言えば、「欧州におけるエネルギー安全保障と温暖化ガス排出抑制の最劣等生」であるドイツではなく、原子力をエネルギー源の中核に据えるフランスを見習うべきである。「GX実現に向けた基本方針」が絵に描いた餅とならないように、再稼働、次世代革新炉の開発・建設、運転延長などについて、早急に具現化を図り、具体的に肉付けをして粛々と実行して成果を上げて行くことが大事である。(杉本純記)
pdfはこちらから(プリント版)
今号には、PDF版に「赤ペンおやじのつぶやき」も掲載されています。力作です。合わせてごらんください。
1.まえがき
2022年2月24日に開始されたウクライナ戦争は、約1年半を迎えた現在もその帰趨は予測できないが、世界の原子力発電に与えつつある影響については、その様相がある程度見えてきたように思う。ウクライナ戦争が世界の原子力発電に及ぼす影響について、現状を把握するとともに、今後の見通しについて私見を述べたい。
2.ウクライナ戦争が原子力発電に及ぼす影響の現状
原子力発電主要国におけるウクライナ戦争開始後のエネルギー安全保障に関連する主な状況について以下に記す。
(1) 英国
EDFエナジー社が英国で約20年ぶりの原子力発電所としてヒンクリーポイントC(HPC)発電所(1,720MWe, EPR×2基)を建設中であるが、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻後、英国政府は「長期的なエネルギー独立、安全保障、及び繁栄を強化する」ための「国産電力の大幅加速」を発表した。現状、原子力発電設備容量約6.5 GW及び原子力発電割合約15%に対し、2050年までにそれぞれ、約24 GW及び約25%へと大幅に増大させるエネルギー安全保障戦略がその中心である。「新プロジェクト促進」ための新政府組織、Great British Nuclearが設立され、「原子力プロジェクトの開発を支援し、産業界の競争を刺激し、投資を開放するための1.2億ポンド(約220億円)のFuture Nuclear Enabling Fundが動き出している。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-t-z/united-kingdom.aspx
(2) フランス
フランスでは原子力発電の割合は約70%であったが、過去2年間新設原子力の配管トラブル等のため原子力発電量が一時的に低下していた。マクロン大統領は(ロシアのウクライナ侵攻前の)2022年2月10日、同国のCO2排出量を2050年までに実質ゼロ化するという目標の達成に向け、国内で改良型の欧州加圧水型炉(EPR2)を新たに6基建設するほか、さらに8基の建設に向けて調査を開始すると発表した。原子力産業の再活性化に関し閣僚が招集されて,新たなエネルギー計画案策定に向けた検討が始まっており、その中でウクライナ戦争後のエネルギー安全保障に向けた見直しも進めていると考えられる。また、フランス電力(EDF)が原子力・代替エネルギー庁(CEA)らと共同開発しているPWRタイプの小型モジュール炉(SMR)「NUWARD」に関しても、2030年までにプロトタイプを建設できるよう10億ユーロ(約1,570億円)の予算を付けてプログラムを進めていく考えである。 2023年1月には、フランス元老院は、原子力の割合を2035年までに50%に減少するという従来の方針を転換し、2050年までに50%以上を維持すること、新EPR2とSMRを2050年までに建設する可能性など、新原子力施設の建設と既存施設の運転に関する手続きの加速を目指す法案を可決した。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-a-f/france.aspx
(3) ドイツ
ドイツは、緑の党が政権に参入して以来の脱原子力発電への移行は東京電力福島第一原子力発電所事故以前から既定路線だった。ただし、ウクライナ戦争の結果、ロシアからのガス供給が途絶することなどによりエネルギー事情が厳しさを増したことから、原子力発電3基の運転停止が2022年末から2023年4月15日まで延長されたが、2011年の法制化に基づき、脱原発を完了させた。ウクライナ情勢の先行きが不透明な状況が続いていることもあり、欧州で電気代が最も高く地球温暖化ガスの排出量が最も多い国の一つであり、原子炉停止後のエネルギーが安定に供給できるのか注目されている。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-g-n/germany.aspx
(4) オランダ
オランダでは、1基のボルッセレ原子力発電所(PWR, 482MWe)が運転中であるが、2021年12月、政府は原子力を気候変動とエネルギー政策の中核に位置付け、2022年12月には、ボルッセレに新しい大型原子炉2基(各1,000-1,650MWe)の建設について2024年に最終決定するとした。同月末、既存のボルッセレ原子力発電所の運転延長、新原子炉2基の建設、小型モジュール型原子炉の開発等を含む原子力エネルギー開発のための暫定予算約3,2億ユーロ(約500億円)が政府により発表された。
https://world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-g-n/netherlands.aspx
(5) 米国
2023年5月15日に米国原子力エネルギー協会(NEI)主催の「原子力エネルギー大会」において、コースニック理事長は、現在の連邦政府による原子力への支援は前例のないものであり、その広がりは連邦政府にとどまらず、州政府にまで及んでいる現状について具体例を挙げて紹介した。また経済全体の脱炭素化には原子力が有効とする見方が電力会社だけでなく、化学や鉄鋼、金融業界にまでその支援が広がっていることに言及。同理事長は、現在の原子力に対する需要について、「原子力の黎明期以来、最大の盛り上がりを見せている」としながらも、この需要に応えるためには、コスト、サプライチェーンの強化、人材開発、規制改革などの課題に果敢に対処していく必要があると述べている。
https://www.jaif.or.jp/information/nei_ceo_message
(6) 日本
世界規模の気候変動問題への対応ばかりでなく、ウクライナ戦争による電力需給ひっ迫やエネルギー価格の高騰などの影響を受けて、岸田内閣は2023年2月に「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定した。「GX」即ちGreen Transformationは、産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換することを意味するもので、その中で、エネルギー基本計画を踏まえて原子力発電の活用に関して以下の趣旨が述べられている。
1) 安定供給とカーボンニュートラルの実現の両立に向け、エネルギー基本計画に定められている2030年度電源構成に占める原子力比率20-22%の確実な達成に向けて、安全性を優先し、原子力規制委員会による安全審査合格、かつ、地元の理解を得た原子炉の再稼働を進める。
2) 原子力の安全性向上を目指し、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設に取り組む。
3) 既存の原子力発電所を可能な限り活用するため、現行制度と同様に「運転期間は40年、延長を認める期間は20年」との制限を維持し、原子力規制委員会による厳格な安全審査が行われることを前提に、審査に要した停止期間に限り、追加的な延長を認めることとする。
https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002_1.pdf
2011年3月の福島第一原子力発電所事故以来、政府が初めて原子炉の新設・増設の道を明確に拓いたことは画期的と言える。
3.ウクライナ戦争が原子力発電に及ぼす今後の影響
以上、原子力主要国のウクライナ戦争以降の新たな動きを踏まえて、今後の原子力利用・計画国に及ぼす影響について考察したい。ウクライナ戦争が短期に停戦に向かう場合と中長期的に継続する場合で、様相が将来的に多少異なるのは当然であるが、以下ではウクライナ戦争が短期的には終息しない前提での予測であることを予め断りたい。
(1) まず、大きな流れとして2022年7月にEU議会が承認したEUタクソノミ−に原子力を含める補完規則を決定し、2023年1月から施行したことが、原子力への取組みに対する流れを後押ししたといえよう。次に、欧州を中心に、ロシアからの天然ガスや石油の輸入が急縮小したことによるエネルギー価格の高騰が挙げられる。そのため、英国、フランス、オランダ以外の原子力利用国でも原子力発電の重要性・必要性が強く認識され、既存原子炉の運転延長、SMRを含む新規原子炉の導入が進められると考えられる。
(2) これと同時に、欧州諸国はEUとして、2050年までに温室効果ガス排出の実質ゼロを目標に掲げているが、ウクライナ戦争の結果、どの国にとってもエネルギー安全保障がトッププライオリティーになってしまい、2050年の実質ゼロ目標の達成は大きな影響を受ける可能性があるものと考えられる。
(3) 欧州における原子力撤退国である、ドイツ、イタリア、オーストリアの諸国はエネルギー価格の高騰により、中長期的に経済が疲弊の方向に向かうものと予想される。特に、ドイツは製造業の柱であるフォルクスワーゲンなど自動車会社の製造工場等を国外に移す流れが加速しつつあり、厳しい局面に向かうものと考えられる。ベルギーは老朽原発の稼働期間を延長することにより、また、スイスは電力に占める水力発電の割合が6割あることから、既存の原子力発電所の運転延長により延命が可能と考えられる。
(4) 上記、(1)と(2)の傾向は、欧州以外の諸国でも事情は多かれ少なかれ同様と考えられ、エネルギー安全保障の観点から、再生可能エネルギーにも一定の比重を保ちつつ、原子力発電の重要性・必要性の認識がグローバルに拡大してゆくものと考えられる。国によっては資金調達の観点から、投資コストが小さいSMRに需要が特化していく可能性がある。
(5) 国際エネルギー機関(IEA)が2022年10月に発表した年次報告書「2022年版世界エネルギー見通し」では、原子力については、今後、既存炉の運転期間延長の決定と新規建設プログラムの成功が鍵を握るとし、なかでもNZEシナリオ(ネットゼロエミッションシナリオ: 世界の平均気温を1.5 ℃に安定させ、主要なエネルギー関連の国連持続可能な開発目標を達成する方法を示すもの)では、2020年代に相次ぐ先進国での運転期間延長が世界の排出量抑制に役立ち、さらに2022〜2050年に毎年平均24 GWの設備容量が追加されることにより、2050年までに原子力発電設備容量が2倍以上に増加することが描かれており、上記(1)〜(4)までの見通しと概ね方向が一致していると考える。
https://www.jaif.or.jp/information/world-energy-outlook2022/
4.まとめ
ウクライナ戦争が、世界の原子力発電主要国に及ぼす影響について、主としてエネルギー安全保障の観点からの現状把握と今後の見通しについての考察を試みた。各国が置かれたエネルギー事情やエネルギー政策に応じて各国がそれぞれ対応しているものの、ウクライナ戦争の結果、今やエネルギー安全保障が最優先事項になり、概して原子力の重要性・必要性の重みが増大したと言えよう。今後は、再生可能クリーンエネルギーにも一定の配慮を保ちつつ、グローバルな安定解を求めて行くことになろう。我が国について言えば、「欧州におけるエネルギー安全保障と温暖化ガス排出抑制の最劣等生」であるドイツではなく、原子力をエネルギー源の中核に据えるフランスを見習うべきである。「GX実現に向けた基本方針」が絵に描いた餅とならないように、再稼働、次世代革新炉の開発・建設、運転延長などについて、早急に具現化を図り、具体的に肉付けをして粛々と実行して成果を上げて行くことが大事である。(杉本純記)
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今号には、PDF版に「赤ペンおやじのつぶやき」も掲載されています。力作です。合わせてごらんください。
2.ウクライナ戦争が原子力発電に及ぼす影響の現状
原子力発電主要国におけるウクライナ戦争開始後のエネルギー安全保障に関連する主な状況について以下に記す。
(1) 英国
EDFエナジー社が英国で約20年ぶりの原子力発電所としてヒンクリーポイントC(HPC)発電所(1,720MWe, EPR×2基)を建設中であるが、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻後、英国政府は「長期的なエネルギー独立、安全保障、及び繁栄を強化する」ための「国産電力の大幅加速」を発表した。現状、原子力発電設備容量約6.5 GW及び原子力発電割合約15%に対し、2050年までにそれぞれ、約24 GW及び約25%へと大幅に増大させるエネルギー安全保障戦略がその中心である。「新プロジェクト促進」ための新政府組織、Great British Nuclearが設立され、「原子力プロジェクトの開発を支援し、産業界の競争を刺激し、投資を開放するための1.2億ポンド(約220億円)のFuture Nuclear Enabling Fundが動き出している。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-t-z/united-kingdom.aspx
(2) フランス
フランスでは原子力発電の割合は約70%であったが、過去2年間新設原子力の配管トラブル等のため原子力発電量が一時的に低下していた。マクロン大統領は(ロシアのウクライナ侵攻前の)2022年2月10日、同国のCO2排出量を2050年までに実質ゼロ化するという目標の達成に向け、国内で改良型の欧州加圧水型炉(EPR2)を新たに6基建設するほか、さらに8基の建設に向けて調査を開始すると発表した。原子力産業の再活性化に関し閣僚が招集されて,新たなエネルギー計画案策定に向けた検討が始まっており、その中でウクライナ戦争後のエネルギー安全保障に向けた見直しも進めていると考えられる。また、フランス電力(EDF)が原子力・代替エネルギー庁(CEA)らと共同開発しているPWRタイプの小型モジュール炉(SMR)「NUWARD」に関しても、2030年までにプロトタイプを建設できるよう10億ユーロ(約1,570億円)の予算を付けてプログラムを進めていく考えである。 2023年1月には、フランス元老院は、原子力の割合を2035年までに50%に減少するという従来の方針を転換し、2050年までに50%以上を維持すること、新EPR2とSMRを2050年までに建設する可能性など、新原子力施設の建設と既存施設の運転に関する手続きの加速を目指す法案を可決した。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-a-f/france.aspx
(3) ドイツ
ドイツは、緑の党が政権に参入して以来の脱原子力発電への移行は東京電力福島第一原子力発電所事故以前から既定路線だった。ただし、ウクライナ戦争の結果、ロシアからのガス供給が途絶することなどによりエネルギー事情が厳しさを増したことから、原子力発電3基の運転停止が2022年末から2023年4月15日まで延長されたが、2011年の法制化に基づき、脱原発を完了させた。ウクライナ情勢の先行きが不透明な状況が続いていることもあり、欧州で電気代が最も高く地球温暖化ガスの排出量が最も多い国の一つであり、原子炉停止後のエネルギーが安定に供給できるのか注目されている。
https://www.world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-g-n/germany.aspx
(4) オランダ
オランダでは、1基のボルッセレ原子力発電所(PWR, 482MWe)が運転中であるが、2021年12月、政府は原子力を気候変動とエネルギー政策の中核に位置付け、2022年12月には、ボルッセレに新しい大型原子炉2基(各1,000-1,650MWe)の建設について2024年に最終決定するとした。同月末、既存のボルッセレ原子力発電所の運転延長、新原子炉2基の建設、小型モジュール型原子炉の開発等を含む原子力エネルギー開発のための暫定予算約3,2億ユーロ(約500億円)が政府により発表された。
https://world-nuclear.org/information-library/country-profiles/countries-g-n/netherlands.aspx
(5) 米国
2023年5月15日に米国原子力エネルギー協会(NEI)主催の「原子力エネルギー大会」において、コースニック理事長は、現在の連邦政府による原子力への支援は前例のないものであり、その広がりは連邦政府にとどまらず、州政府にまで及んでいる現状について具体例を挙げて紹介した。また経済全体の脱炭素化には原子力が有効とする見方が電力会社だけでなく、化学や鉄鋼、金融業界にまでその支援が広がっていることに言及。同理事長は、現在の原子力に対する需要について、「原子力の黎明期以来、最大の盛り上がりを見せている」としながらも、この需要に応えるためには、コスト、サプライチェーンの強化、人材開発、規制改革などの課題に果敢に対処していく必要があると述べている。
https://www.jaif.or.jp/information/nei_ceo_message
(6) 日本
世界規模の気候変動問題への対応ばかりでなく、ウクライナ戦争による電力需給ひっ迫やエネルギー価格の高騰などの影響を受けて、岸田内閣は2023年2月に「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定した。「GX」即ちGreen Transformationは、産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換することを意味するもので、その中で、エネルギー基本計画を踏まえて原子力発電の活用に関して以下の趣旨が述べられている。
1) 安定供給とカーボンニュートラルの実現の両立に向け、エネルギー基本計画に定められている2030年度電源構成に占める原子力比率20-22%の確実な達成に向けて、安全性を優先し、原子力規制委員会による安全審査合格、かつ、地元の理解を得た原子炉の再稼働を進める。
2) 原子力の安全性向上を目指し、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設に取り組む。
3) 既存の原子力発電所を可能な限り活用するため、現行制度と同様に「運転期間は40年、延長を認める期間は20年」との制限を維持し、原子力規制委員会による厳格な安全審査が行われることを前提に、審査に要した停止期間に限り、追加的な延長を認めることとする。
https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002_1.pdf
2011年3月の福島第一原子力発電所事故以来、政府が初めて原子炉の新設・増設の道を明確に拓いたことは画期的と言える。
3.ウクライナ戦争が原子力発電に及ぼす今後の影響
以上、原子力主要国のウクライナ戦争以降の新たな動きを踏まえて、今後の原子力利用・計画国に及ぼす影響について考察したい。ウクライナ戦争が短期に停戦に向かう場合と中長期的に継続する場合で、様相が将来的に多少異なるのは当然であるが、以下ではウクライナ戦争が短期的には終息しない前提での予測であることを予め断りたい。
(1) まず、大きな流れとして2022年7月にEU議会が承認したEUタクソノミ−に原子力を含める補完規則を決定し、2023年1月から施行したことが、原子力への取組みに対する流れを後押ししたといえよう。次に、欧州を中心に、ロシアからの天然ガスや石油の輸入が急縮小したことによるエネルギー価格の高騰が挙げられる。そのため、英国、フランス、オランダ以外の原子力利用国でも原子力発電の重要性・必要性が強く認識され、既存原子炉の運転延長、SMRを含む新規原子炉の導入が進められると考えられる。
(2) これと同時に、欧州諸国はEUとして、2050年までに温室効果ガス排出の実質ゼロを目標に掲げているが、ウクライナ戦争の結果、どの国にとってもエネルギー安全保障がトッププライオリティーになってしまい、2050年の実質ゼロ目標の達成は大きな影響を受ける可能性があるものと考えられる。
(3) 欧州における原子力撤退国である、ドイツ、イタリア、オーストリアの諸国はエネルギー価格の高騰により、中長期的に経済が疲弊の方向に向かうものと予想される。特に、ドイツは製造業の柱であるフォルクスワーゲンなど自動車会社の製造工場等を国外に移す流れが加速しつつあり、厳しい局面に向かうものと考えられる。ベルギーは老朽原発の稼働期間を延長することにより、また、スイスは電力に占める水力発電の割合が6割あることから、既存の原子力発電所の運転延長により延命が可能と考えられる。
(4) 上記、(1)と(2)の傾向は、欧州以外の諸国でも事情は多かれ少なかれ同様と考えられ、エネルギー安全保障の観点から、再生可能エネルギーにも一定の比重を保ちつつ、原子力発電の重要性・必要性の認識がグローバルに拡大してゆくものと考えられる。国によっては資金調達の観点から、投資コストが小さいSMRに需要が特化していく可能性がある。
(5) 国際エネルギー機関(IEA)が2022年10月に発表した年次報告書「2022年版世界エネルギー見通し」では、原子力については、今後、既存炉の運転期間延長の決定と新規建設プログラムの成功が鍵を握るとし、なかでもNZEシナリオ(ネットゼロエミッションシナリオ: 世界の平均気温を1.5 ℃に安定させ、主要なエネルギー関連の国連持続可能な開発目標を達成する方法を示すもの)では、2020年代に相次ぐ先進国での運転期間延長が世界の排出量抑制に役立ち、さらに2022〜2050年に毎年平均24 GWの設備容量が追加されることにより、2050年までに原子力発電設備容量が2倍以上に増加することが描かれており、上記(1)〜(4)までの見通しと概ね方向が一致していると考える。
https://www.jaif.or.jp/information/world-energy-outlook2022/
4.まとめ
ウクライナ戦争が、世界の原子力発電主要国に及ぼす影響について、主としてエネルギー安全保障の観点からの現状把握と今後の見通しについての考察を試みた。各国が置かれたエネルギー事情やエネルギー政策に応じて各国がそれぞれ対応しているものの、ウクライナ戦争の結果、今やエネルギー安全保障が最優先事項になり、概して原子力の重要性・必要性の重みが増大したと言えよう。今後は、再生可能クリーンエネルギーにも一定の配慮を保ちつつ、グローバルな安定解を求めて行くことになろう。我が国について言えば、「欧州におけるエネルギー安全保障と温暖化ガス排出抑制の最劣等生」であるドイツではなく、原子力をエネルギー源の中核に据えるフランスを見習うべきである。「GX実現に向けた基本方針」が絵に描いた餅とならないように、再稼働、次世代革新炉の開発・建設、運転延長などについて、早急に具現化を図り、具体的に肉付けをして粛々と実行して成果を上げて行くことが大事である。(杉本純記)
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今号には、PDF版に「赤ペンおやじのつぶやき」も掲載されています。力作です。合わせてごらんください。