脱炭素社会における水素の役割（その三）
〜水素の需要（水素は経済的に成立するか）〜
〜水素の需要（水素は経済的に成立するか）〜
1.はじめに
本サイトの「SEJだより第24号」“脱炭素社会におけるエネルギーキャリアーとしての水素の役割（その一）”で水素製造に関わる課題について報告し、更に製造した水素の輸送関しては（その二）で検討した。ここでは水素需要の際の課題について考えてみる。
経産省資料1）によると、カーボンニュートラル下では、水素は燃料電池（FC）利用を含めた運輸部門、大型発電部門、産業部門などでの熱利用など多くの分野での利用が想定されている。
２.1 運輸部門
運輸部門ではCO2排出量 の大半(85%)を占める自動車の低炭素化が必須であり、このために従来の石油燃料代替として電気（EV）や水素への転換が期待されている。一般に電気は水素よりエネルギー密度が小さいので、小型・短距離の輸送手段に向いており、他方水素は、充填時間が短く、大型・長距離の輸送に適していると言われる。
（1）燃料電池車（FCV）
水素を燃料とするFCVは1990年代からトヨタが精力的に開発を進め、2000年代初頭には欧州委員会と協力してEU域内で水素バスの試験運行を始めた。また最近発売された新型MIRAIは燃料充填時間：約3分で、航続距離：約850kmの性能がある。現在のFCVの課題は、FCのコスト、高コストの水素ステーション設置、それに水素の輸送コストであり、これらの解決にはFCVの大量導入による水素インフラの低コスト化が必要である。
FCトラックは、長距離輸送用途を中心に活用が期待されており、このFCトラックの燃費が経済的に成立するためには、軽油価格：120円/L 、小型ディーゼルトラックの燃費：6km/L で小型FCトラックの燃費：28km/kgとすると、水素のパリティコスト＊）は、560円/kg（＝約50円/Nm3)と試算されている。
＊）設備機器（例えばFCトラック）の導入・運用に要するコストが従来の設備機器（例えばデーゼルトラック）の導入・運用コストと比べて同等または得になるレベルをいう。
（2）水素内燃機関
FCVの場合、燃料として純度99.99%水素が要求されが、水素内燃機関は70~80%の純度で十分というメリットがある。一方、水素内燃機関実現の最大のネックは、水素の点火エネルギーが小さいことで、ガソリンの点火エネルギー：0.24mJに対し、水素は0.02mJと10倍も着火しやすい。このため過早着火やバックファイヤー等の異常燃焼が起きやすい。トヨタはこれらの問題を解決し、自動車耐久レースなどを通してその性能を実証した。2021年末に水素エンジンを使った市販車、GRヤリスH2を欧州で発売した。水素はガソリンに比べて単位体積当たりの熱量が小さいので、出力を得るにはその分、大量に水素を供給する必要があり、現在は大容量高圧タンクの積載が必要である。
一方、マツダが開発している水素ロータリーエンジン（RE）は、水素レシプロと比べて、吸気室と燃焼室が分離した構造で高温になる排気バルブがないため、上記の早期着火の問題も解決し易い。更に水素の火炎伝搬速度はガソリンの40cm/秒に比べて265cm/秒と大きく、作動室が縦長形状で火炎伝搬に時間のかかるREに適している。ただRE本来の欠点である大きな冷却損失、低い熱効率という課題は残されている。
3）船舶分野での脱炭素化
国際海運分野では、国際海事機関(IMO)が「今世紀中のなるべく早期に、国際海運からのGHG排出ゼロを目指す」という目標設定をしている。この目標達成に向けた舶用燃料の脱炭素化として、�’確租澱咫↓⊃總妊┘鵐献鵝↓�アンモニアエンジンについて、開発が活発になっている。近距離・小型船舶用としてFCシステムの開発、遠距離・大型船向けに水素・アンモニアの燃焼特性に応じた燃料エンジンや燃料供給システム等の開発を進めている。舶用燃料のパリティコストは、A重油利用を仮定すると水素価格は23 円/Nm3程度。
（4）航空機分野での脱炭素化
国際民間航空機関（ICAO）は、国際航空におけるCO2の総排出量を2020年以降増加させない（CNG: Carbon Neutral Growth 2020）目標が定めている。この目標達成に向け、燃費改善や機体の軽量化、加えて電動航空機や水素航空機の活用が世界中で検討されている1）。 2050年時点で、40％の航空機が水素航空機となった場合、必要な水素量は年間4,000万トン程度と膨大な量になる。水素航空機の実現に向けて、水素燃焼航空エンジン、燃料電池システム等の開発等が進められようとしている。
２.2 発電部門
FCの発電効率は35-60％だが、電気と熱利用を組み合わせると、エネルギー効率は80％になり、高効率でのエネルギー利用が可能となる。上記のFC発電以外に水素燃焼発電やアンモニア発電がある。
水素燃焼発電では、水素の高速燃焼に起因する燃焼器の火口から出る炎が反対方向に進む「逆火」が起きやすい、更には水素燃焼による高温の発生で空気中の窒素と酸素が結びついてNOxが多く発生する、等の問題があった。これらの問題は燃焼ノズルの開発や「ドライ低NOx水素専焼ガスタービン」（微小な水素火炎を用いることで低ＮＯｘ燃焼を可能に
した）などの開発で解決しつつある。水素燃焼発電は、NEDOや三菱重工、川崎重工など
が中心となって神戸市などでの実証試験を進めており4）、更に三菱重工などが中心となってオランダ、米国など、海外でも実証実験を進めている。この水素燃焼発電が幅広く認知されるためには、水素によるクリーン電力が高く評価され、加えてコスト低下も求められる。水素燃焼発電の経産省試算パリティコストは約14.3円/Nm3 で、2050年の水素コスト予測（20円/Nm3）よりも更に低コスト水素が必要となる。（LNG価格：61.22千円/トン、LNG熱量：54.70MJ/kg/ 水素熱量：142MJ/kgとして計算）
他にもアンモニア発電がある３）。これは海外の安価な水素をハーバーボッシュ法＊＊）でアンモニアに変換して輸送し、日本でそのままアンモニアとして直接利用するか、あるいは脱水素して利用する。前者の直接利用するのがアンモニア発電である。
しかしアンモニアは非常に燃えにくく、酸素21％の空気中では火炎は消失する。またアンモニアの蒸発潜熱はアンモニア発熱量の7%と、石油などの1%に比べると非常に大きく、アンモニアのガス化には大きなエネルギーが必要となる。そのためアンモニアを気体ではなく、液体のまま利用するが、ボイラー等で液体を燃やすには、液体燃料を噴霧し、粒状にして空気との接触面積を大きくする必要がある。しかし蒸発潜熱7%のアンモニアを噴霧すると、その空間温度が-50℃くらいにまで低下し、燃焼持続は困難になる。この対策としてガスタービンの空気圧縮での温度上昇や排ガスの余熱を利用して空気温度を上げるなどの工夫をして、液体アンモニア噴霧火炎の安定に成功している。3）
アンモニア燃焼のもう一つの課題がNOx発生である。近年、新たな混焼バーナーの開発でNOXが大幅に減少した等の例もあるが、先の長い開発が必要である。
現在、JERA、産総研、IHI、東北大などがアンモニア発電計画を精力的に進めている。IHIは2000kWガスタービンで液体アンモニア熱量比70%の混焼発電に成功し、今後は100％の発電システムを目指している。JERAは2030年までに微粉炭（0.5mm以下）火力発電でのアンモニア20%混燃を目指す。産総研でも50kWマイクロガスタービン発電で50%混焼から100%専燃を目指している。
＊＊）1906年にドイツで開発されたアンモニア生成法。水素と窒素を400〜600℃の高温高圧下で触媒反応させて生成。
２.3 産業部門
産業部門での熱需要は、石油化学工業で100〜1000℃、窯業で1000℃前後、鉄鋼業で1000〜2000℃と広範囲にわたっている。例えば、鉄鋼業のような1000℃以上の高温帯が必要な業種は、化石燃料代替としての電気利用は経済的・熱量的に難しい。このため高温領域での熱源として水素が期待されている。
一例として、鉄鋼における石炭代替としての水素の役割について述べる1）。現在の炭素（木炭や石炭）を鉄鉱石の還元に用いる炭素還元技術は古来よりの製鉄法で、この方法では還元する過程でのCO2発生は避けられない；
2Fe₂O₃＋3C→ 4Fe ＋3CO2＋熱（発熱反応）
一方、鉄鉱石の還元に炭素ではなく水素を用いる水素還元製鉄は；
Fe₂O₃＋3H2＋熱→ 2Fe ＋3H2O （吸熱反応）
となり、発生するのは水である。しかし水素による還元反応は、吸熱反応のため高炉が冷却され、連続的に還元するのに必要な熱をどう補填するか（コークスの場合は自ら発熱）、また従来はコークスがあることで確保されてきた反応ガスの通り道をどうやって確保するのかなど、技術面のハードルは非常に高い。もし技術的な課題が解決されたとして、現在と同等のコストを維持するためのパリティコストは約８円/N㎥）となり、これは水素コストが2050年経産省試算の1/3まで下げる必要がある。また現在と同じ生産量を維持するには約700万トンの水素供給が必要となる。
３. 終わりに
以上、前報の（その一）、（その二）、それに本稿も含めて見てきたように水素社会の実現に向けての問題は、水素の製造、輸送、貯蔵、それに需要の各プロセスでのコストであろう。経産省試案では2030年までには大幅なコストダウンを実現し、さらに2050年までには現在の石油や天然ガスと同等までになる大幅なコスト低下を想定しているが、まだ技術的見通しが立ってはいない。更に水素製造に関して、海外産の水素製造コストは国内産に比べて半分程度と評価され、現在の経産省の戦略では2030年以降、大量の水素輸入を見込んでおり、そのためのインフラ整備も進めようとしている。しかしこれはエネルギー自給率向上の国策に反する上、エネルギー安全保障上の懸念も大きくなる。この問題を解決する最善の方法は、高温ガス炉等を使用した原子力による水素製造計画を推進して水素製造の国産化を図ることである。輸入に大きく依存する、現在の国の水素戦略は早急に是正すべきである。
参考文献
1） 経済産業省；今後の水素政策の課題と対応の方向性 中間整理（案） 2021年3月22日
2） (一社）エンジニアリング協会、平成30 水素輸送・貯蔵研究会 報告書2019 年8月
3） EMIRA, 東北大学 流体科学研究所、アンモニア発電とはどんな技術？ ポスト炭素燃料開発のいま | EMIRA (emira-t.jp)
4） NEDO, 世界初、ドライ低NOx水素専焼ガスタービンの技術実証試験に成功 | プレスリリース | NEDO
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２.1 運輸部門
運輸部門ではCO2排出量 の大半(85%)を占める自動車の低炭素化が必須であり、このために従来の石油燃料代替として電気（EV）や水素への転換が期待されている。一般に電気は水素よりエネルギー密度が小さいので、小型・短距離の輸送手段に向いており、他方水素は、充填時間が短く、大型・長距離の輸送に適していると言われる。
（1）燃料電池車（FCV）
水素を燃料とするFCVは1990年代からトヨタが精力的に開発を進め、2000年代初頭には欧州委員会と協力してEU域内で水素バスの試験運行を始めた。また最近発売された新型MIRAIは燃料充填時間：約3分で、航続距離：約850kmの性能がある。現在のFCVの課題は、FCのコスト、高コストの水素ステーション設置、それに水素の輸送コストであり、これらの解決にはFCVの大量導入による水素インフラの低コスト化が必要である。
FCトラックは、長距離輸送用途を中心に活用が期待されており、このFCトラックの燃費が経済的に成立するためには、軽油価格：120円/L 、小型ディーゼルトラックの燃費：6km/L で小型FCトラックの燃費：28km/kgとすると、水素のパリティコスト＊）は、560円/kg（＝約50円/Nm3)と試算されている。
＊）設備機器（例えばFCトラック）の導入・運用に要するコストが従来の設備機器（例えばデーゼルトラック）の導入・運用コストと比べて同等または得になるレベルをいう。
（2）水素内燃機関
FCVの場合、燃料として純度99.99%水素が要求されが、水素内燃機関は70~80%の純度で十分というメリットがある。一方、水素内燃機関実現の最大のネックは、水素の点火エネルギーが小さいことで、ガソリンの点火エネルギー：0.24mJに対し、水素は0.02mJと10倍も着火しやすい。このため過早着火やバックファイヤー等の異常燃焼が起きやすい。トヨタはこれらの問題を解決し、自動車耐久レースなどを通してその性能を実証した。2021年末に水素エンジンを使った市販車、GRヤリスH2を欧州で発売した。水素はガソリンに比べて単位体積当たりの熱量が小さいので、出力を得るにはその分、大量に水素を供給する必要があり、現在は大容量高圧タンクの積載が必要である。
一方、マツダが開発している水素ロータリーエンジン（RE）は、水素レシプロと比べて、吸気室と燃焼室が分離した構造で高温になる排気バルブがないため、上記の早期着火の問題も解決し易い。更に水素の火炎伝搬速度はガソリンの40cm/秒に比べて265cm/秒と大きく、作動室が縦長形状で火炎伝搬に時間のかかるREに適している。ただRE本来の欠点である大きな冷却損失、低い熱効率という課題は残されている。
3）船舶分野での脱炭素化
国際海運分野では、国際海事機関(IMO)が「今世紀中のなるべく早期に、国際海運からのGHG排出ゼロを目指す」という目標設定をしている。この目標達成に向けた舶用燃料の脱炭素化として、�’確租澱咫↓⊃總妊┘鵐献鵝↓�アンモニアエンジンについて、開発が活発になっている。近距離・小型船舶用としてFCシステムの開発、遠距離・大型船向けに水素・アンモニアの燃焼特性に応じた燃料エンジンや燃料供給システム等の開発を進めている。舶用燃料のパリティコストは、A重油利用を仮定すると水素価格は23 円/Nm3程度。
（4）航空機分野での脱炭素化
国際民間航空機関（ICAO）は、国際航空におけるCO2の総排出量を2020年以降増加させない（CNG: Carbon Neutral Growth 2020）目標が定めている。この目標達成に向け、燃費改善や機体の軽量化、加えて電動航空機や水素航空機の活用が世界中で検討されている1）。 2050年時点で、40％の航空機が水素航空機となった場合、必要な水素量は年間4,000万トン程度と膨大な量になる。水素航空機の実現に向けて、水素燃焼航空エンジン、燃料電池システム等の開発等が進められようとしている。
２.2 発電部門
FCの発電効率は35-60％だが、電気と熱利用を組み合わせると、エネルギー効率は80％になり、高効率でのエネルギー利用が可能となる。上記のFC発電以外に水素燃焼発電やアンモニア発電がある。
水素燃焼発電では、水素の高速燃焼に起因する燃焼器の火口から出る炎が反対方向に進む「逆火」が起きやすい、更には水素燃焼による高温の発生で空気中の窒素と酸素が結びついてNOxが多く発生する、等の問題があった。これらの問題は燃焼ノズルの開発や「ドライ低NOx水素専焼ガスタービン」（微小な水素火炎を用いることで低ＮＯｘ燃焼を可能に
した）などの開発で解決しつつある。水素燃焼発電は、NEDOや三菱重工、川崎重工など
が中心となって神戸市などでの実証試験を進めており4）、更に三菱重工などが中心となってオランダ、米国など、海外でも実証実験を進めている。この水素燃焼発電が幅広く認知されるためには、水素によるクリーン電力が高く評価され、加えてコスト低下も求められる。水素燃焼発電の経産省試算パリティコストは約14.3円/Nm3 で、2050年の水素コスト予測（20円/Nm3）よりも更に低コスト水素が必要となる。（LNG価格：61.22千円/トン、LNG熱量：54.70MJ/kg/ 水素熱量：142MJ/kgとして計算）
他にもアンモニア発電がある３）。これは海外の安価な水素をハーバーボッシュ法＊＊）でアンモニアに変換して輸送し、日本でそのままアンモニアとして直接利用するか、あるいは脱水素して利用する。前者の直接利用するのがアンモニア発電である。
しかしアンモニアは非常に燃えにくく、酸素21％の空気中では火炎は消失する。またアンモニアの蒸発潜熱はアンモニア発熱量の7%と、石油などの1%に比べると非常に大きく、アンモニアのガス化には大きなエネルギーが必要となる。そのためアンモニアを気体ではなく、液体のまま利用するが、ボイラー等で液体を燃やすには、液体燃料を噴霧し、粒状にして空気との接触面積を大きくする必要がある。しかし蒸発潜熱7%のアンモニアを噴霧すると、その空間温度が-50℃くらいにまで低下し、燃焼持続は困難になる。この対策としてガスタービンの空気圧縮での温度上昇や排ガスの余熱を利用して空気温度を上げるなどの工夫をして、液体アンモニア噴霧火炎の安定に成功している。3）
アンモニア燃焼のもう一つの課題がNOx発生である。近年、新たな混焼バーナーの開発でNOXが大幅に減少した等の例もあるが、先の長い開発が必要である。
現在、JERA、産総研、IHI、東北大などがアンモニア発電計画を精力的に進めている。IHIは2000kWガスタービンで液体アンモニア熱量比70%の混焼発電に成功し、今後は100％の発電システムを目指している。JERAは2030年までに微粉炭（0.5mm以下）火力発電でのアンモニア20%混燃を目指す。産総研でも50kWマイクロガスタービン発電で50%混焼から100%専燃を目指している。
＊＊）1906年にドイツで開発されたアンモニア生成法。水素と窒素を400〜600℃の高温高圧下で触媒反応させて生成。
２.3 産業部門
産業部門での熱需要は、石油化学工業で100〜1000℃、窯業で1000℃前後、鉄鋼業で1000〜2000℃と広範囲にわたっている。例えば、鉄鋼業のような1000℃以上の高温帯が必要な業種は、化石燃料代替としての電気利用は経済的・熱量的に難しい。このため高温領域での熱源として水素が期待されている。
一例として、鉄鋼における石炭代替としての水素の役割について述べる1）。現在の炭素（木炭や石炭）を鉄鉱石の還元に用いる炭素還元技術は古来よりの製鉄法で、この方法では還元する過程でのCO2発生は避けられない；
2Fe₂O₃＋3C→ 4Fe ＋3CO2＋熱（発熱反応）
一方、鉄鉱石の還元に炭素ではなく水素を用いる水素還元製鉄は；
Fe₂O₃＋3H2＋熱→ 2Fe ＋3H2O （吸熱反応）
となり、発生するのは水である。しかし水素による還元反応は、吸熱反応のため高炉が冷却され、連続的に還元するのに必要な熱をどう補填するか（コークスの場合は自ら発熱）、また従来はコークスがあることで確保されてきた反応ガスの通り道をどうやって確保するのかなど、技術面のハードルは非常に高い。もし技術的な課題が解決されたとして、現在と同等のコストを維持するためのパリティコストは約８円/N㎥）となり、これは水素コストが2050年経産省試算の1/3まで下げる必要がある。また現在と同じ生産量を維持するには約700万トンの水素供給が必要となる。
３. 終わりに
以上、前報の（その一）、（その二）、それに本稿も含めて見てきたように水素社会の実現に向けての問題は、水素の製造、輸送、貯蔵、それに需要の各プロセスでのコストであろう。経産省試案では2030年までには大幅なコストダウンを実現し、さらに2050年までには現在の石油や天然ガスと同等までになる大幅なコスト低下を想定しているが、まだ技術的見通しが立ってはいない。更に水素製造に関して、海外産の水素製造コストは国内産に比べて半分程度と評価され、現在の経産省の戦略では2030年以降、大量の水素輸入を見込んでおり、そのためのインフラ整備も進めようとしている。しかしこれはエネルギー自給率向上の国策に反する上、エネルギー安全保障上の懸念も大きくなる。この問題を解決する最善の方法は、高温ガス炉等を使用した原子力による水素製造計画を推進して水素製造の国産化を図ることである。輸入に大きく依存する、現在の国の水素戦略は早急に是正すべきである。
参考文献
1） 経済産業省；今後の水素政策の課題と対応の方向性 中間整理（案） 2021年3月22日
2） (一社）エンジニアリング協会、平成30 水素輸送・貯蔵研究会 報告書2019 年8月
3） EMIRA, 東北大学 流体科学研究所、アンモニア発電とはどんな技術？ ポスト炭素燃料開発のいま | EMIRA (emira-t.jp)
4） NEDO, 世界初、ドライ低NOx水素専焼ガスタービンの技術実証試験に成功 | プレスリリース | NEDO
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脱炭素社会における水素の役割（その三）
〜水素の需要（水素は経済的に成立するか）〜
〜水素の需要（水素は経済的に成立するか）〜
1.はじめに
本サイトの「SEJだより第24号」“脱炭素社会におけるエネルギーキャリアーとしての水素の役割（その一）”で水素製造に関わる課題について報告し、更に製造した水素の輸送関しては（その二）で検討した。ここでは水素需要の際の課題について考えてみる。
経産省資料1）によると、カーボンニュートラル下では、水素は燃料電池（FC）利用を含めた運輸部門、大型発電部門、産業部門などでの熱利用など多くの分野での利用が想定されている。
２.1 運輸部門
運輸部門ではCO2排出量 の大半(85%)を占める自動車の低炭素化が必須であり、このために従来の石油燃料代替として電気（EV）や水素への転換が期待されている。一般に電気は水素よりエネルギー密度が小さいので、小型・短距離の輸送手段に向いており、他方水素は、充填時間が短く、大型・長距離の輸送に適していると言われる。
（1）燃料電池車（FCV）
水素を燃料とするFCVは1990年代からトヨタが精力的に開発を進め、2000年代初頭には欧州委員会と協力してEU域内で水素バスの試験運行を始めた。また最近発売された新型MIRAIは燃料充填時間：約3分で、航続距離：約850kmの性能がある。現在のFCVの課題は、FCのコスト、高コストの水素ステーション設置、それに水素の輸送コストであり、これらの解決にはFCVの大量導入による水素インフラの低コスト化が必要である。
FCトラックは、長距離輸送用途を中心に活用が期待されており、このFCトラックの燃費が経済的に成立するためには、軽油価格：120円/L 、小型ディーゼルトラックの燃費：6km/L で小型FCトラックの燃費：28km/kgとすると、水素のパリティコスト＊）は、560円/kg（＝約50円/Nm3)と試算されている。
＊）設備機器（例えばFCトラック）の導入・運用に要するコストが従来の設備機器（例えばデーゼルトラック）の導入・運用コストと比べて同等または得になるレベルをいう。
（2）水素内燃機関
FCVの場合、燃料として純度99.99%水素が要求されが、水素内燃機関は70~80%の純度で十分というメリットがある。一方、水素内燃機関実現の最大のネックは、水素の点火エネルギーが小さいことで、ガソリンの点火エネルギー：0.24mJに対し、水素は0.02mJと10倍も着火しやすい。このため過早着火やバックファイヤー等の異常燃焼が起きやすい。トヨタはこれらの問題を解決し、自動車耐久レースなどを通してその性能を実証した。2021年末に水素エンジンを使った市販車、GRヤリスH2を欧州で発売した。水素はガソリンに比べて単位体積当たりの熱量が小さいので、出力を得るにはその分、大量に水素を供給する必要があり、現在は大容量高圧タンクの積載が必要である。
一方、マツダが開発している水素ロータリーエンジン（RE）は、水素レシプロと比べて、吸気室と燃焼室が分離した構造で高温になる排気バルブがないため、上記の早期着火の問題も解決し易い。更に水素の火炎伝搬速度はガソリンの40cm/秒に比べて265cm/秒と大きく、作動室が縦長形状で火炎伝搬に時間のかかるREに適している。ただRE本来の欠点である大きな冷却損失、低い熱効率という課題は残されている。
3）船舶分野での脱炭素化
国際海運分野では、国際海事機関(IMO)が「今世紀中のなるべく早期に、国際海運からのGHG排出ゼロを目指す」という目標設定をしている。この目標達成に向けた舶用燃料の脱炭素化として、�’確租澱咫↓⊃總妊┘鵐献鵝↓�アンモニアエンジンについて、開発が活発になっている。近距離・小型船舶用としてFCシステムの開発、遠距離・大型船向けに水素・アンモニアの燃焼特性に応じた燃料エンジンや燃料供給システム等の開発を進めている。舶用燃料のパリティコストは、A重油利用を仮定すると水素価格は23 円/Nm3程度。
（4）航空機分野での脱炭素化
国際民間航空機関（ICAO）は、国際航空におけるCO2の総排出量を2020年以降増加させない（CNG: Carbon Neutral Growth 2020）目標が定めている。この目標達成に向け、燃費改善や機体の軽量化、加えて電動航空機や水素航空機の活用が世界中で検討されている1）。 2050年時点で、40％の航空機が水素航空機となった場合、必要な水素量は年間4,000万トン程度と膨大な量になる。水素航空機の実現に向けて、水素燃焼航空エンジン、燃料電池システム等の開発等が進められようとしている。
２.2 発電部門
FCの発電効率は35-60％だが、電気と熱利用を組み合わせると、エネルギー効率は80％になり、高効率でのエネルギー利用が可能となる。上記のFC発電以外に水素燃焼発電やアンモニア発電がある。
水素燃焼発電では、水素の高速燃焼に起因する燃焼器の火口から出る炎が反対方向に進む「逆火」が起きやすい、更には水素燃焼による高温の発生で空気中の窒素と酸素が結びついてNOxが多く発生する、等の問題があった。これらの問題は燃焼ノズルの開発や「ドライ低NOx水素専焼ガスタービン」（微小な水素火炎を用いることで低ＮＯｘ燃焼を可能に
した）などの開発で解決しつつある。水素燃焼発電は、NEDOや三菱重工、川崎重工など
が中心となって神戸市などでの実証試験を進めており4）、更に三菱重工などが中心となってオランダ、米国など、海外でも実証実験を進めている。この水素燃焼発電が幅広く認知されるためには、水素によるクリーン電力が高く評価され、加えてコスト低下も求められる。水素燃焼発電の経産省試算パリティコストは約14.3円/Nm3 で、2050年の水素コスト予測（20円/Nm3）よりも更に低コスト水素が必要となる。（LNG価格：61.22千円/トン、LNG熱量：54.70MJ/kg/ 水素熱量：142MJ/kgとして計算）
他にもアンモニア発電がある３）。これは海外の安価な水素をハーバーボッシュ法＊＊）でアンモニアに変換して輸送し、日本でそのままアンモニアとして直接利用するか、あるいは脱水素して利用する。前者の直接利用するのがアンモニア発電である。
しかしアンモニアは非常に燃えにくく、酸素21％の空気中では火炎は消失する。またアンモニアの蒸発潜熱はアンモニア発熱量の7%と、石油などの1%に比べると非常に大きく、アンモニアのガス化には大きなエネルギーが必要となる。そのためアンモニアを気体ではなく、液体のまま利用するが、ボイラー等で液体を燃やすには、液体燃料を噴霧し、粒状にして空気との接触面積を大きくする必要がある。しかし蒸発潜熱7%のアンモニアを噴霧すると、その空間温度が-50℃くらいにまで低下し、燃焼持続は困難になる。この対策としてガスタービンの空気圧縮での温度上昇や排ガスの余熱を利用して空気温度を上げるなどの工夫をして、液体アンモニア噴霧火炎の安定に成功している。3）
アンモニア燃焼のもう一つの課題がNOx発生である。近年、新たな混焼バーナーの開発でNOXが大幅に減少した等の例もあるが、先の長い開発が必要である。
現在、JERA、産総研、IHI、東北大などがアンモニア発電計画を精力的に進めている。IHIは2000kWガスタービンで液体アンモニア熱量比70%の混焼発電に成功し、今後は100％の発電システムを目指している。JERAは2030年までに微粉炭（0.5mm以下）火力発電でのアンモニア20%混燃を目指す。産総研でも50kWマイクロガスタービン発電で50%混焼から100%専燃を目指している。
＊＊）1906年にドイツで開発されたアンモニア生成法。水素と窒素を400〜600℃の高温高圧下で触媒反応させて生成。
２.3 産業部門
産業部門での熱需要は、石油化学工業で100〜1000℃、窯業で1000℃前後、鉄鋼業で1000〜2000℃と広範囲にわたっている。例えば、鉄鋼業のような1000℃以上の高温帯が必要な業種は、化石燃料代替としての電気利用は経済的・熱量的に難しい。このため高温領域での熱源として水素が期待されている。
一例として、鉄鋼における石炭代替としての水素の役割について述べる1）。現在の炭素（木炭や石炭）を鉄鉱石の還元に用いる炭素還元技術は古来よりの製鉄法で、この方法では還元する過程でのCO2発生は避けられない；
2Fe₂O₃＋3C→ 4Fe ＋3CO2＋熱（発熱反応）
一方、鉄鉱石の還元に炭素ではなく水素を用いる水素還元製鉄は；
Fe₂O₃＋3H2＋熱→ 2Fe ＋3H2O （吸熱反応）
となり、発生するのは水である。しかし水素による還元反応は、吸熱反応のため高炉が冷却され、連続的に還元するのに必要な熱をどう補填するか（コークスの場合は自ら発熱）、また従来はコークスがあることで確保されてきた反応ガスの通り道をどうやって確保するのかなど、技術面のハードルは非常に高い。もし技術的な課題が解決されたとして、現在と同等のコストを維持するためのパリティコストは約８円/N㎥）となり、これは水素コストが2050年経産省試算の1/3まで下げる必要がある。また現在と同じ生産量を維持するには約700万トンの水素供給が必要となる。
３. 終わりに
以上、前報の（その一）、（その二）、それに本稿も含めて見てきたように水素社会の実現に向けての問題は、水素の製造、輸送、貯蔵、それに需要の各プロセスでのコストであろう。経産省試案では2030年までには大幅なコストダウンを実現し、さらに2050年までには現在の石油や天然ガスと同等までになる大幅なコスト低下を想定しているが、まだ技術的見通しが立ってはいない。更に水素製造に関して、海外産の水素製造コストは国内産に比べて半分程度と評価され、現在の経産省の戦略では2030年以降、大量の水素輸入を見込んでおり、そのためのインフラ整備も進めようとしている。しかしこれはエネルギー自給率向上の国策に反する上、エネルギー安全保障上の懸念も大きくなる。この問題を解決する最善の方法は、高温ガス炉等を使用した原子力による水素製造計画を推進して水素製造の国産化を図ることである。輸入に大きく依存する、現在の国の水素戦略は早急に是正すべきである。
参考文献
1） 経済産業省；今後の水素政策の課題と対応の方向性 中間整理（案） 2021年3月22日
2） (一社）エンジニアリング協会、平成30 水素輸送・貯蔵研究会 報告書2019 年8月
3） EMIRA, 東北大学 流体科学研究所、アンモニア発電とはどんな技術？ ポスト炭素燃料開発のいま | EMIRA (emira-t.jp)
4） NEDO, 世界初、ドライ低NOx水素専焼ガスタービンの技術実証試験に成功 | プレスリリース | NEDO
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２.1 運輸部門
運輸部門ではCO2排出量 の大半(85%)を占める自動車の低炭素化が必須であり、このために従来の石油燃料代替として電気（EV）や水素への転換が期待されている。一般に電気は水素よりエネルギー密度が小さいので、小型・短距離の輸送手段に向いており、他方水素は、充填時間が短く、大型・長距離の輸送に適していると言われる。
（1）燃料電池車（FCV）
水素を燃料とするFCVは1990年代からトヨタが精力的に開発を進め、2000年代初頭には欧州委員会と協力してEU域内で水素バスの試験運行を始めた。また最近発売された新型MIRAIは燃料充填時間：約3分で、航続距離：約850kmの性能がある。現在のFCVの課題は、FCのコスト、高コストの水素ステーション設置、それに水素の輸送コストであり、これらの解決にはFCVの大量導入による水素インフラの低コスト化が必要である。
FCトラックは、長距離輸送用途を中心に活用が期待されており、このFCトラックの燃費が経済的に成立するためには、軽油価格：120円/L 、小型ディーゼルトラックの燃費：6km/L で小型FCトラックの燃費：28km/kgとすると、水素のパリティコスト＊）は、560円/kg（＝約50円/Nm3)と試算されている。
＊）設備機器（例えばFCトラック）の導入・運用に要するコストが従来の設備機器（例えばデーゼルトラック）の導入・運用コストと比べて同等または得になるレベルをいう。
（2）水素内燃機関
FCVの場合、燃料として純度99.99%水素が要求されが、水素内燃機関は70~80%の純度で十分というメリットがある。一方、水素内燃機関実現の最大のネックは、水素の点火エネルギーが小さいことで、ガソリンの点火エネルギー：0.24mJに対し、水素は0.02mJと10倍も着火しやすい。このため過早着火やバックファイヤー等の異常燃焼が起きやすい。トヨタはこれらの問題を解決し、自動車耐久レースなどを通してその性能を実証した。2021年末に水素エンジンを使った市販車、GRヤリスH2を欧州で発売した。水素はガソリンに比べて単位体積当たりの熱量が小さいので、出力を得るにはその分、大量に水素を供給する必要があり、現在は大容量高圧タンクの積載が必要である。
一方、マツダが開発している水素ロータリーエンジン（RE）は、水素レシプロと比べて、吸気室と燃焼室が分離した構造で高温になる排気バルブがないため、上記の早期着火の問題も解決し易い。更に水素の火炎伝搬速度はガソリンの40cm/秒に比べて265cm/秒と大きく、作動室が縦長形状で火炎伝搬に時間のかかるREに適している。ただRE本来の欠点である大きな冷却損失、低い熱効率という課題は残されている。
3）船舶分野での脱炭素化
国際海運分野では、国際海事機関(IMO)が「今世紀中のなるべく早期に、国際海運からのGHG排出ゼロを目指す」という目標設定をしている。この目標達成に向けた舶用燃料の脱炭素化として、�’確租澱咫↓⊃總妊┘鵐献鵝↓�アンモニアエンジンについて、開発が活発になっている。近距離・小型船舶用としてFCシステムの開発、遠距離・大型船向けに水素・アンモニアの燃焼特性に応じた燃料エンジンや燃料供給システム等の開発を進めている。舶用燃料のパリティコストは、A重油利用を仮定すると水素価格は23 円/Nm3程度。
（4）航空機分野での脱炭素化
国際民間航空機関（ICAO）は、国際航空におけるCO2の総排出量を2020年以降増加させない（CNG: Carbon Neutral Growth 2020）目標が定めている。この目標達成に向け、燃費改善や機体の軽量化、加えて電動航空機や水素航空機の活用が世界中で検討されている1）。 2050年時点で、40％の航空機が水素航空機となった場合、必要な水素量は年間4,000万トン程度と膨大な量になる。水素航空機の実現に向けて、水素燃焼航空エンジン、燃料電池システム等の開発等が進められようとしている。
２.2 発電部門
FCの発電効率は35-60％だが、電気と熱利用を組み合わせると、エネルギー効率は80％になり、高効率でのエネルギー利用が可能となる。上記のFC発電以外に水素燃焼発電やアンモニア発電がある。
水素燃焼発電では、水素の高速燃焼に起因する燃焼器の火口から出る炎が反対方向に進む「逆火」が起きやすい、更には水素燃焼による高温の発生で空気中の窒素と酸素が結びついてNOxが多く発生する、等の問題があった。これらの問題は燃焼ノズルの開発や「ドライ低NOx水素専焼ガスタービン」（微小な水素火炎を用いることで低ＮＯｘ燃焼を可能に
した）などの開発で解決しつつある。水素燃焼発電は、NEDOや三菱重工、川崎重工など
が中心となって神戸市などでの実証試験を進めており4）、更に三菱重工などが中心となってオランダ、米国など、海外でも実証実験を進めている。この水素燃焼発電が幅広く認知されるためには、水素によるクリーン電力が高く評価され、加えてコスト低下も求められる。水素燃焼発電の経産省試算パリティコストは約14.3円/Nm3 で、2050年の水素コスト予測（20円/Nm3）よりも更に低コスト水素が必要となる。（LNG価格：61.22千円/トン、LNG熱量：54.70MJ/kg/ 水素熱量：142MJ/kgとして計算）
他にもアンモニア発電がある３）。これは海外の安価な水素をハーバーボッシュ法＊＊）でアンモニアに変換して輸送し、日本でそのままアンモニアとして直接利用するか、あるいは脱水素して利用する。前者の直接利用するのがアンモニア発電である。
しかしアンモニアは非常に燃えにくく、酸素21％の空気中では火炎は消失する。またアンモニアの蒸発潜熱はアンモニア発熱量の7%と、石油などの1%に比べると非常に大きく、アンモニアのガス化には大きなエネルギーが必要となる。そのためアンモニアを気体ではなく、液体のまま利用するが、ボイラー等で液体を燃やすには、液体燃料を噴霧し、粒状にして空気との接触面積を大きくする必要がある。しかし蒸発潜熱7%のアンモニアを噴霧すると、その空間温度が-50℃くらいにまで低下し、燃焼持続は困難になる。この対策としてガスタービンの空気圧縮での温度上昇や排ガスの余熱を利用して空気温度を上げるなどの工夫をして、液体アンモニア噴霧火炎の安定に成功している。3）
アンモニア燃焼のもう一つの課題がNOx発生である。近年、新たな混焼バーナーの開発でNOXが大幅に減少した等の例もあるが、先の長い開発が必要である。
現在、JERA、産総研、IHI、東北大などがアンモニア発電計画を精力的に進めている。IHIは2000kWガスタービンで液体アンモニア熱量比70%の混焼発電に成功し、今後は100％の発電システムを目指している。JERAは2030年までに微粉炭（0.5mm以下）火力発電でのアンモニア20%混燃を目指す。産総研でも50kWマイクロガスタービン発電で50%混焼から100%専燃を目指している。
＊＊）1906年にドイツで開発されたアンモニア生成法。水素と窒素を400〜600℃の高温高圧下で触媒反応させて生成。
２.3 産業部門
産業部門での熱需要は、石油化学工業で100〜1000℃、窯業で1000℃前後、鉄鋼業で1000〜2000℃と広範囲にわたっている。例えば、鉄鋼業のような1000℃以上の高温帯が必要な業種は、化石燃料代替としての電気利用は経済的・熱量的に難しい。このため高温領域での熱源として水素が期待されている。
一例として、鉄鋼における石炭代替としての水素の役割について述べる1）。現在の炭素（木炭や石炭）を鉄鉱石の還元に用いる炭素還元技術は古来よりの製鉄法で、この方法では還元する過程でのCO2発生は避けられない；
2Fe₂O₃＋3C→ 4Fe ＋3CO2＋熱（発熱反応）
一方、鉄鉱石の還元に炭素ではなく水素を用いる水素還元製鉄は；
Fe₂O₃＋3H2＋熱→ 2Fe ＋3H2O （吸熱反応）
となり、発生するのは水である。しかし水素による還元反応は、吸熱反応のため高炉が冷却され、連続的に還元するのに必要な熱をどう補填するか（コークスの場合は自ら発熱）、また従来はコークスがあることで確保されてきた反応ガスの通り道をどうやって確保するのかなど、技術面のハードルは非常に高い。もし技術的な課題が解決されたとして、現在と同等のコストを維持するためのパリティコストは約８円/N㎥）となり、これは水素コストが2050年経産省試算の1/3まで下げる必要がある。また現在と同じ生産量を維持するには約700万トンの水素供給が必要となる。
３. 終わりに
以上、前報の（その一）、（その二）、それに本稿も含めて見てきたように水素社会の実現に向けての問題は、水素の製造、輸送、貯蔵、それに需要の各プロセスでのコストであろう。経産省試案では2030年までには大幅なコストダウンを実現し、さらに2050年までには現在の石油や天然ガスと同等までになる大幅なコスト低下を想定しているが、まだ技術的見通しが立ってはいない。更に水素製造に関して、海外産の水素製造コストは国内産に比べて半分程度と評価され、現在の経産省の戦略では2030年以降、大量の水素輸入を見込んでおり、そのためのインフラ整備も進めようとしている。しかしこれはエネルギー自給率向上の国策に反する上、エネルギー安全保障上の懸念も大きくなる。この問題を解決する最善の方法は、高温ガス炉等を使用した原子力による水素製造計画を推進して水素製造の国産化を図ることである。輸入に大きく依存する、現在の国の水素戦略は早急に是正すべきである。
参考文献
1） 経済産業省；今後の水素政策の課題と対応の方向性 中間整理（案） 2021年3月22日
2） (一社）エンジニアリング協会、平成30 水素輸送・貯蔵研究会 報告書2019 年8月
3） EMIRA, 東北大学 流体科学研究所、アンモニア発電とはどんな技術？ ポスト炭素燃料開発のいま | EMIRA (emira-t.jp)
4） NEDO, 世界初、ドライ低NOx水素専焼ガスタービンの技術実証試験に成功 | プレスリリース | NEDO
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