本年1月1日に発生した「令和６年能登半島地震」の被災者の皆様にお見舞い申し上げます。この原稿は2023年12月に作成されたもので、首都直下型地震について考察したものです。日本のいたるところで地震が発生する可能性があるので地震対策は絶えず気にしておく必要があります。１．はじめに
首都直下型地震は今後30年間に70％の確率で発生すると予想されている。内閣府・中央防災会議において首都直下型地震に関して、震源地、震源深さ、マグネチュード等々についてかなり詳細に検討されている（＊１、＊２）。
この首都直下型地震により東京湾岸エリアの多くの地域で震度6強の地震に襲われ、湾岸地域にある発電所や石油精製コンビナートなどの施設が深刻な影響を受け、特に首都圏の電力供給は大きく減少すると想定される。
ここでは川崎市を震源とする直下型地震を想定して、東京湾岸にある火力発電所がどのような影響を受けるかを評価して、その経済的影響について概算してみる。
尚、この被害を評価する際、東京電力（以下、東電）の電源比率は第1表に示すように火力発電比率は石炭、LNG併せて73％とした（＊3）。
２．川崎地区で直下型地震発生時の震度分布と湾岸地区・太平洋沿岸の火力発電所立地場所
川崎地区で直下型地震が発生した際の震度分布（気象庁評価）を第1図に示す。本図には、東京湾岸、太平洋沿岸に分布する東電火力発電所の所在地をプロットしてある。第1図を見ると多くは明確な震度6強地域に立地している。千葉県の一部の火力発電所は震度6弱と6強の境目にあるが、ここでの評価では東京湾岸に立地する火力発電所はすべて震度6強の地震に襲われるとした。一方、この地震では太平洋岸に面した鹿島地区では震度5弱、常陸那珂区以北では震度4である。
３．火力発電所の損壊状況と復旧期間の評価
地震による火力発電所の被災状況、および被災後の復旧期間については、発電所の方式や構造、建設後の経過年数、更には発電所設置場所の地盤等により大きく変化し、不確定要素が非常に多い。実際に過去の火力発電所被害のデータでも大きなばらつきがある。例えば同じ震度6弱でも損壊を免れた発電所から復旧に300日近くを要した発電所までその振れ幅は非常に大きい。このため地震の震度と被害状況、その後の復旧期間等について一概に論ずることは難しい。これまでにも東日本大震災でのデータから火力発電所の被害や復旧期間を検討している報告があるが（＊４、＊5）、多くの火力発電所が地震だけでなく津波被害も受けており、津波が関係してないケースは数件しかない。一方、首都直下型地震では大きな津波被害は想定されておらず、地震だけによる被害が予想されるので、これら値をそのまま適用するには問題がある。
ここでは津波があまり関係していない東日本大震災での火力発電所の被害と復旧期間のデータと、最近の令和3年、令和4年の福島沖地震（＊6、＊7）での火力発電所の被害・復旧期間データをグラフ化することで、その外挿値から首都直下型地震での発電所の被害および復旧期間について評価することとした。これらの評価は不確実性が高く、実際の被害や普及期間を断定的に示すことはできないが、一つの可能性として概算した。
第2図にここ10数年間の地震により被災した火力発電所の復旧期間を震度ごとにプロットした。尚、地震の加速度と震度は、I = 2 log a + 0.94（ここでI: 震度、a: 地震加速度）（＊8）により対数関係にあること、一方、発電所の被害度合いは地震加速度に比例すると推定されること、縦軸の復旧期間（被害の程度に比例すると仮定）は対数軸とした。
４．地震後の火力発電所の復旧シナリオ
第2図の近似直線から推定すると、震度5弱以上で火力発電所での被害が発生する。第1図にある川崎震源の首都直下型地震震度分布から、東電の各発電所での震度の推定値を第2表に示す。この表から、東京湾岸の火力発電所と鹿島灘にある火力発電所、つまり東電全体の約9割の火力発電所が地震被害を受ける。具体的には東京湾岸にある10か所の発電所（設備容量2,886万kW(火力全体の84％) が震度6強の地震の影響を受け、鹿島地区の126万kW(4％)が震度5弱の影響を受ける。
下記の東京電力の地震後の電力供給能力評価に際して以下の仮定を設けた。
�� 太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーは明確な耐震対策が制度化されてないことから地震による被害は甚大と想定されるが、ここでは再生可能エネルギーの被害はないと仮定。
�� 現在の東京電力の買電も従来通り可能（この買電には地震被害を受ける鹿島共同火力等からの電力もあるがここでは無視）であると仮定。
�� 地震発生時に東電の電力不足を補うために他電力からの買電を増加させる可能性が大きいが、東電の必要電力に対して他電力の設備容量、送電容量などの問題で多くは期待できないと想定されるため、ここでは他電力からの買電は現在以上への増加はないとした。
�� 電力の送配電設備に関しても地震による損傷の恐れが大きいと想定される。この送配設備に関しては別途、検討するとしてここでは損傷がないとした。
第2図の近似直線から鹿島地区の発電所は10日後、また東京湾岸の発電所は300日前後、つまり概略10か月から1年後には復旧できる（第3表）。この表から地震直後の火力発電量は元の量の18％（第1表から評価すると全電源の中の比率で13％）に減少、10日後に21％（同15％）、10~12か月後に100％（同73％）に戻ると推定される。
これらの値から地震後の東電の電力供給量は第3図のようになる。東電管内での電力供給量は、地震直後から約1年間は従来の40％程度に減少し、60％が不足分となる。この分、他電力からの買電量を増やしたとしても他電力の発電能力にも限界があり、大きな改善は見込めない。とすると、約1年近くの期間は60％の電力不足が続くことになる。
仮定の話として、もし柏崎刈羽原発の1‐7号基、東通原発が全て稼働していたとすると、約１,000万kW近い発電能力が上乗せできるので（第2表参照）、地震直後でも60％前後の電力供給が可能であり、不足分は40％程度に軽減される。尚、東電管内では現在、原発の稼働はゼロだが、例えば新潟県の柏崎刈羽原発6-7号の設置許可申請は原子力規制委員会から認可がおり、運転しようとすればいつでも運転できる状態にある。
５．直下型地震発生時のGDPへの影響
第4図に国内各電力管内での発電量とGDPの関係を示す。概略として発電量とGDPは比例関係にあることが分かり、発電量の大きさがGDPに直接関係すると言える。このことから首都直下型地震により、東電管内の電力供給が60％不足すると、大雑把に言ってGDPも60％分減少すると推定される。東電管内のGDPは約200兆円程度なので、これが電力不足により120兆円減少することになる。そうなると日本のGDPは550兆円程度なので、それが430兆円程度となり、日本全体としても20％以上の経済ダメージを受けることとなる。
６．まとめ
首都直下型地震発生時における電力供給問題について、様々な仮定の下で推定を行った。その結果、東電からの電力供給は凡そ1年近くに亘って60％程度の電力不足となる事態が想定された。またこの電力不足により日本のGDPは20％以上減少すると推定された。
一方、東電が所有する原発が全て稼働したとすると、電力不足は40％程度に軽減され、この分、GDPの下げ幅も小さくなると考えられる。
このように原発は通常時に安定的かつ経済的な電力供給だけでなく、自然災害などのような緊急事態時にも頼りになる電力供給減となる。このためにも一刻も早いより多くの原発の再稼働が望まれる。（栗山正明 記）
＜参照した資料＞
＊1 内閣府・中央防災会議、首都直下型地震モデル検討会 | 防災情報 (bousai.go.jp)
＊2 首都直下のＭ７クラスの地震及び 相模トラフ沿いのＭ８クラスの地震等の 震源断層モデルと震度分布・津波高等に関する 報告書（平成２５年１２月 内閣府中央防災会議
首都直下型地震モデル検討会）、dansoumodel_02.pdf (bousai.go.jp)
＊3 東京電力電源構成・非化石証書の使用状況｜東京電力エナジーパートナー｜東京電力エナジーパートナー株式会社 (tepco.co.jp)
＊4 寅屋敷哲也、南海トラフ巨大地震による電力供給制約と社会経済的被害軽減対策に関する研究、関西大学学術リポジトリ、（2015）3月
＊5 湯山他、2011年東日本大震災のデータに基づく火力発電所の被害・復旧関数の推計、土木学会論文集A1（構造・地震工学）、Vol.70,No.4(地震工学論文集33巻)（2014）
＊6 経済産業省、016_s01_00.pdf (meti.go.jp)
＊7 経済産業省、027_02_00.pdf (meti.go.jp)
＊8 気象庁、計測震度の算出方法；気象庁｜強震観測について｜計測震度の算出方法 (jma.go.jp)
pdfはこちらから（プリント版)
ここでは川崎市を震源とする直下型地震を想定して、東京湾岸にある火力発電所がどのような影響を受けるかを評価して、その経済的影響について概算してみる。
尚、この被害を評価する際、東京電力（以下、東電）の電源比率は第1表に示すように火力発電比率は石炭、LNG併せて73％とした（＊3）。
２．川崎地区で直下型地震発生時の震度分布と湾岸地区・太平洋沿岸の火力発電所立地場所
川崎地区で直下型地震が発生した際の震度分布（気象庁評価）を第1図に示す。本図には、東京湾岸、太平洋沿岸に分布する東電火力発電所の所在地をプロットしてある。第1図を見ると多くは明確な震度6強地域に立地している。千葉県の一部の火力発電所は震度6弱と6強の境目にあるが、ここでの評価では東京湾岸に立地する火力発電所はすべて震度6強の地震に襲われるとした。一方、この地震では太平洋岸に面した鹿島地区では震度5弱、常陸那珂区以北では震度4である。
３．火力発電所の損壊状況と復旧期間の評価
地震による火力発電所の被災状況、および被災後の復旧期間については、発電所の方式や構造、建設後の経過年数、更には発電所設置場所の地盤等により大きく変化し、不確定要素が非常に多い。実際に過去の火力発電所被害のデータでも大きなばらつきがある。例えば同じ震度6弱でも損壊を免れた発電所から復旧に300日近くを要した発電所までその振れ幅は非常に大きい。このため地震の震度と被害状況、その後の復旧期間等について一概に論ずることは難しい。これまでにも東日本大震災でのデータから火力発電所の被害や復旧期間を検討している報告があるが（＊４、＊5）、多くの火力発電所が地震だけでなく津波被害も受けており、津波が関係してないケースは数件しかない。一方、首都直下型地震では大きな津波被害は想定されておらず、地震だけによる被害が予想されるので、これら値をそのまま適用するには問題がある。
ここでは津波があまり関係していない東日本大震災での火力発電所の被害と復旧期間のデータと、最近の令和3年、令和4年の福島沖地震（＊6、＊7）での火力発電所の被害・復旧期間データをグラフ化することで、その外挿値から首都直下型地震での発電所の被害および復旧期間について評価することとした。これらの評価は不確実性が高く、実際の被害や普及期間を断定的に示すことはできないが、一つの可能性として概算した。
第2図にここ10数年間の地震により被災した火力発電所の復旧期間を震度ごとにプロットした。尚、地震の加速度と震度は、I = 2 log a + 0.94（ここでI: 震度、a: 地震加速度）（＊8）により対数関係にあること、一方、発電所の被害度合いは地震加速度に比例すると推定されること、縦軸の復旧期間（被害の程度に比例すると仮定）は対数軸とした。
４．地震後の火力発電所の復旧シナリオ
第2図の近似直線から推定すると、震度5弱以上で火力発電所での被害が発生する。第1図にある川崎震源の首都直下型地震震度分布から、東電の各発電所での震度の推定値を第2表に示す。この表から、東京湾岸の火力発電所と鹿島灘にある火力発電所、つまり東電全体の約9割の火力発電所が地震被害を受ける。具体的には東京湾岸にある10か所の発電所（設備容量2,886万kW(火力全体の84％) が震度6強の地震の影響を受け、鹿島地区の126万kW(4％)が震度5弱の影響を受ける。
下記の東京電力の地震後の電力供給能力評価に際して以下の仮定を設けた。
�� 太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーは明確な耐震対策が制度化されてないことから地震による被害は甚大と想定されるが、ここでは再生可能エネルギーの被害はないと仮定。
�� 現在の東京電力の買電も従来通り可能（この買電には地震被害を受ける鹿島共同火力等からの電力もあるがここでは無視）であると仮定。
�� 地震発生時に東電の電力不足を補うために他電力からの買電を増加させる可能性が大きいが、東電の必要電力に対して他電力の設備容量、送電容量などの問題で多くは期待できないと想定されるため、ここでは他電力からの買電は現在以上への増加はないとした。
�� 電力の送配電設備に関しても地震による損傷の恐れが大きいと想定される。この送配設備に関しては別途、検討するとしてここでは損傷がないとした。
第2図の近似直線から鹿島地区の発電所は10日後、また東京湾岸の発電所は300日前後、つまり概略10か月から1年後には復旧できる（第3表）。この表から地震直後の火力発電量は元の量の18％（第1表から評価すると全電源の中の比率で13％）に減少、10日後に21％（同15％）、10~12か月後に100％（同73％）に戻ると推定される。
これらの値から地震後の東電の電力供給量は第3図のようになる。東電管内での電力供給量は、地震直後から約1年間は従来の40％程度に減少し、60％が不足分となる。この分、他電力からの買電量を増やしたとしても他電力の発電能力にも限界があり、大きな改善は見込めない。とすると、約1年近くの期間は60％の電力不足が続くことになる。
仮定の話として、もし柏崎刈羽原発の1‐7号基、東通原発が全て稼働していたとすると、約１,000万kW近い発電能力が上乗せできるので（第2表参照）、地震直後でも60％前後の電力供給が可能であり、不足分は40％程度に軽減される。尚、東電管内では現在、原発の稼働はゼロだが、例えば新潟県の柏崎刈羽原発6-7号の設置許可申請は原子力規制委員会から認可がおり、運転しようとすればいつでも運転できる状態にある。
５．直下型地震発生時のGDPへの影響
第4図に国内各電力管内での発電量とGDPの関係を示す。概略として発電量とGDPは比例関係にあることが分かり、発電量の大きさがGDPに直接関係すると言える。このことから首都直下型地震により、東電管内の電力供給が60％不足すると、大雑把に言ってGDPも60％分減少すると推定される。東電管内のGDPは約200兆円程度なので、これが電力不足により120兆円減少することになる。そうなると日本のGDPは550兆円程度なので、それが430兆円程度となり、日本全体としても20％以上の経済ダメージを受けることとなる。６．まとめ
首都直下型地震発生時における電力供給問題について、様々な仮定の下で推定を行った。その結果、東電からの電力供給は凡そ1年近くに亘って60％程度の電力不足となる事態が想定された。またこの電力不足により日本のGDPは20％以上減少すると推定された。
一方、東電が所有する原発が全て稼働したとすると、電力不足は40％程度に軽減され、この分、GDPの下げ幅も小さくなると考えられる。
このように原発は通常時に安定的かつ経済的な電力供給だけでなく、自然災害などのような緊急事態時にも頼りになる電力供給減となる。このためにも一刻も早いより多くの原発の再稼働が望まれる。（栗山正明 記）
＜参照した資料＞
＊1 内閣府・中央防災会議、首都直下型地震モデル検討会 | 防災情報 (bousai.go.jp)
＊2 首都直下のＭ７クラスの地震及び 相模トラフ沿いのＭ８クラスの地震等の 震源断層モデルと震度分布・津波高等に関する 報告書（平成２５年１２月 内閣府中央防災会議
首都直下型地震モデル検討会）、dansoumodel_02.pdf (bousai.go.jp)
＊3 東京電力電源構成・非化石証書の使用状況｜東京電力エナジーパートナー｜東京電力エナジーパートナー株式会社 (tepco.co.jp)
＊4 寅屋敷哲也、南海トラフ巨大地震による電力供給制約と社会経済的被害軽減対策に関する研究、関西大学学術リポジトリ、（2015）3月
＊5 湯山他、2011年東日本大震災のデータに基づく火力発電所の被害・復旧関数の推計、土木学会論文集A1（構造・地震工学）、Vol.70,No.4(地震工学論文集33巻)（2014）
＊6 経済産業省、016_s01_00.pdf (meti.go.jp)
＊7 経済産業省、027_02_00.pdf (meti.go.jp)
＊8 気象庁、計測震度の算出方法；気象庁｜強震観測について｜計測震度の算出方法 (jma.go.jp)
pdfはこちらから（プリント版)