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SEJ 日本のエネルギーを考える会

104号 放射能の“誤解”を考える−誤解の研究(1)−


カテゴリ:  会員の声    2015-3-11 6:10   閲覧 (2586)
1.システム1(早い思考)とシステム2(遅い思考)
この聞きなれない用語は、ノーベル経済学賞をもらったダニエル・カーネマンの [ファースト

&スロー:あなたの意思はどのように決まるか、ハヤカワ文庫 ] に出てくる用語である。
 直感的思考や知覚、記憶に基づいた思考はシステム1的と呼ばれ“早い思考”を特徴とする。友人を見て瞬時にA君だという認識はシステム1。システム2は時間をかけて頭を使う“遅い思考”のこと。3x4=12は記憶に基づいて即座にでき“早い思考”の結果。では、29x37の暗算はどうか。数分はかかる。これは時間をかけて頭を使う“遅い思考”を特徴とするシステム2。人間はこのシステム1と2を適当に使い分けて生きている。
 このような話をここで持ち出す理由はなにか。人々の“誤解”は一体どのように生じるのか、その心理的メカニズムは何か、について考察してみたいからである。
 同書には、システム1と2の他に、思考がどのような心理的要因に影響されるか、について多くの記述がある。種々の心理現象として、イ)アンカー効果、ロ)フロリダ効果、ハ)後光効果、ニ)メンタル・ショットガン、ホ)先行刺激効果、などが紹介されている。それらが特に印象的なのは、心理現象を筋道立てて説明する用語を持たないと“思い付き”しか語れないが、持てば心理現象を論理的に語ることを可能にする、という事実である。


多くの人にとって心理現象は一種のカオスである。カオスが秩序となるのは用語があって初めて可能となる。あらゆる学問がこのようなプロセスを取って確立されている。
本稿では、アンカー効果にだけ着目して、人々が放射能に関して抱く“誤解”をシステム1と2を援用しながら分析してみる。ところで、“アンカー効果”とは人間の思考や心理が、あるキーとなる用語や事象に錨のように繋がれているというもので、思考や行動がこのアンカーに影響されたりバイアスをかけられたりするというものである。
2.政治的誤解"
 世界には「理解と誤解」が満ち溢れている。我々は、無数の誤解が渦巻く世界に住んでいる。人々が多くのことを共通に誤解している状態は日常茶飯事で、そのことで特段の支障が顕在化しているわけでもない。むしろ、誤解を共有することで平和で幸福である場合も多く、状況は複雑である。
 中国では日中戦争に関して多くの史実を嘘で固めて教育しているという。しかも何十年も、である。南京虐殺事件(2月15日の産経一面に事実無根が紹介)は典型的な例かもしれない。少なくともこの点に関して中国人は「誤解」という「空気」を吸って生きている。
 韓国の反日勢力は朝日の慰安婦問題という誤解を共有して心の糧としている。自民党の二階議員は1400名もの観光業者などを連れてあの朴大統領に対し時代錯誤の朝貢外交を行った(2月14日)。共に中国・韓国の現政権に都合が良いからこの誤解は放置されている。誤解は為にする者にとって役に立つ。しかし、誤解は一方に都合がよいが他方には都合が悪い場合が多い。このような例は歴史的にも日常生活においても掃いて捨てるほどある。

3.個人的誤解
 さてここで放射能に対する人々の“誤解”について考察したい。
 その前に“絶対”に関する人々の基本的“誤解”について指摘しておく必要がある。“絶対安全”と“相対安全”は良く使われる言葉であるが、使われる割にはなじみが薄い。背後にある概念が抽象的過ぎるのかもしれない。ところで“無限大”という数字はこの絶対を考える上で参考になる。
 まず、無限大という数字を見たことのある人は有史以来一人もいないし、将来もいない。だからといって無限大という数字は存在しない、ということにはならない。四則演算を可能とするには無限大は必要である。十分に大きい数同士を掛け合わせ、それをどんどん大きくしていって無限大を超えることがあっては無限大という前提に反するからである。


 機械設備の事故・故障は“絶対”起きない、という場合の長期にわたる“故障ゼロ”は達成できない目標である。数の無限大が概念であったのと同様、長期にわたる“故障ゼロ”も仮相的な概念である。即ち、無限大や絶対という状況は、この世に“実在”として存在しない。それらは「故障ゼロを目指して最善を尽くす」という人間行動の概念的目標にしかなり得ない。安全神話は福島事故以後よく話題になり、一見判りやすいから原子力安全に疎い人まで批判に加わった。この原子力村の批判とセットになった「事故ゼロの安全神話」はまことしやかに語られた誤解に過ぎない。安全神話は誤解に基づく反対派の“ためにする論理”であった。それが虚構であるのは絶対安全は努力目標を示す概念にすぎないからである。
絶対が実在しないという意味の裏側は、この世は徹底的に“相対的”であるという事実である。
失敗のない世界が存在しないように、
最善の人生を送った人はこれまで存在しなかったように、
howの問題は解けるがwhyの問題は解けないように、
1mmSvの放射能レベルは全く健康に害がないのにそれを信じられないというように、
現実は徹底的に相対的である。原発は絶対安全を目標とすべきであって、現在、実現していなければならないという主張は「ためにする反対派の土俵であり」、この土俵に乗った賛成派は当時の社会状況から理解できるものの、軽率のそしりは免れず、自ら墓穴を掘ったことにならないか。反対派は絶対安全”をアンカーにして大衆心理を利用したといえる。
 このような安全に関する“誤解”はどうして生じ、容易に修正されないのであろうか。答えは、システム1に起因するバイアスと“アンカー効果”が連携し合う心理現象と、それをもとに嘘でもよいから一貫性をもって作り上げられたシナリオが効力を発揮するという2つのメカニズムで見事に説明される。対象を放射能に対する“恐怖”にとってみよう。
1)放射線被曝といったとき、原爆で大やけどして皮膚がただれて死んでいった被曝者を連想することが日本人に定着している。教科書は事実だけを教え、それを客観的に検証する批判精神は教えない。この教育効果は絶大で、低線量レベルの放射能に対し幼児を持つ母親は思考停止に陥る。この被曝体験が放射能恐怖症の強烈な“アンカー”であり続ける。
2)この被曝体験は、福島事故で放射能が環境に放出された事実に過剰に反応する。放射能に汚染された食物や土壌などに異常な危機感や嫌悪感を抱かせ風評被害の拡大に繋がる。それを悪用するマスコミも性質が悪い。科学者が母親に1mmSvの放射能のレベルは子供にとって何の障害ももたらさないといくら丁寧に説明しても効果がない。これは“アンカー効果”のせいである。
3)この“アンカー効果”は、被曝に関する関連記憶をシステム1が直感的に呼び起こし、それに基づいてシステム2が関連事項を組み合わせて合理的なシナリオを作り上げることによって、解きがたい誤解を生みだし、合理的であればあるほど信念となりやすく、人はその後の振る舞いを容易に変えようとしない。作り上げたシナリオが真実であるかどうかは余り問題とはならず、筋が通ってさえいれば、当人にとって磐石な論理になり、説得などで信念を変えることはまず不可能となる。「恋は思案の外」というが、「誤解も思案の外」である。
4)“アンカー効果”が人の思考にどのように働くかは当人には判らない。連想でどのような記憶がどのような影響を与えるかは、当人にはとても想像できないからである。
5)この“アンカー効果”から逃れる、あるいはその影響に水を差すには、システム2(冷静な思考)を思い切り動員するしかない。それが難しければ、時間が“アンカー効果”を薄めるのを待つしかない。その理由は、“アンカー効果”に基づいた合理的シナリオはおおむね人々を心理的に幸せにするからである。このような心理的傾向は日本独特のものなのかどうか、次の関心事である。


結語:
 今後、30年間で約800基の原子炉が世界で建設されようとしているとき、ゼロ原発の時代錯誤的な主張はどのような“誤解”に基づいているのかを分析するのは今後の重要な課題である。本稿は“誤解の研究”を進めることで、建設的な意見を引き出す上で役に立つかもしれないという思いでまとめた。 (宮 健三 記)



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