IOJだより 放射線関連 編集局
『国会議員による原子力規制の監視ーより良い規制を実現するための提言ー』です。原子力規制の問題を国会議員に対する提言というかたちでまとめてみました。
『国会議員による原子力規制の監視ーより良い規制を実現するための提言ー』です。原子力規制の問題を国会議員に対する提言というかたちでまとめてみました。
IOJだより pdf
メディアでのトリチウムに関する報道
最近、東京電力福島第一発電所の汚染水の漏えいに関してメディアで取り上げられることが多い。報道の仕方によってはいたずらに恐怖感を煽るだけになることが懸念される。特にブログでは、一方的に否定的な情報だけを取り上げたものが多い。また、新聞では、数値だけを大きく取り上げ、その影響を評価したうえで報道しているものは少ない。IOJでは、放射能に対しては、「科学的に正しく怖がろう」をモットーにしてきた。今号ではトリチウムを取り上げ正しく理解する一助にしたい。
トリチウムってなに
トリチウムは、三重水素とも呼ばれ水素の同位体(陽子1つと中性子2つで構成)であるが、水素や重水素と違って放射性であることが特徴である。放射線の種類としてはベータ線(β線)であり、そのエネルギーは、0.019MeVと低い。なお、トリチウムはベータ線を出したのち、安定なヘリウム3に変わる。その半減期は12年である。トリチウムは放射性廃棄物として取り上げられ、注目を浴びているが、将来のエネルギー製造装置として開発中の核融合炉では、核燃料として使用される有用な元素でもある。核融合炉では重水素とトリチウムを燃焼(核融合反応)させ、その時に発生する核融合エネルギーを使って蒸気を作り発電する。
トリチウムは、自然界にあり、宇宙線によって生成され、地球全体に分布し、海洋にも存在している。人工的には原子力施設で生成され、液体廃棄物として排出される。トリチウムの排出量は、使用済み燃料の再処理を行っている英国、フランスや重水炉を有するカナダ、韓国、アルゼンチン等で多く、軽水炉を主体とする日本では少ない。福島第一原発では事故前には22兆Bqが毎年放出されていた。トリチウムの量はたいへん大きな数字で報道されることから、極めて危険なものと思われやすいが、放射性物質のなかでは極めて危険性の小さいものである。
セシウムに比べて桁違いに小さい人体への影響
環境中ではトリチウムは水の水素と置き換わり、ほとんどが水の形(トリチウム水)をとって存在している。体の中に入った場合、水は入れ替わるので、10日で半分になる(生物学的半減期)。2つ目は、生体を構成する要素である有機化合物を構成する水素と置き換わることでも存在する。これは有機結合型トリチウムと呼ばれている。有機化合物の場合、一般の排泄が遅く、体に取り入れた場合の生物学的半減期は30〜45日である。3つ目はガス状で存在する場合である。これの場合、軽いのですぐに上空へ移行し、水蒸気と出会って水交換反応によりトリチウム水に変わる。
トリチウムのベータ線は、ベータ線の中でもっともエネルギーが低い部類に入り、セシウムのベータ線(セシウム137:1.17MeV、セシウム134:2.06MeV)と比べるとわかるがエネルギーが約1/10に過ぎない。このエネルギーでは、人間の皮膚を貫通するパワーがなく、体外の放射性物質による外部被ばくは問題にならない。
なので、リスク要因として内部被ばくが残る。内部被ばくは、飲食物の摂取量と実効線量係数から評価できる。呼吸により体内に取り込まれることは、普通の人はまずないと考えてよい。
実効線量=食物摂取量×食物中のトリチウム量×実効線量係数
上式で使われている実効線量について説明しておきたい。放射線の物理的単位は、Bq(1秒間に1個の原子核崩壊が起こること:ベクレル)である。放射線が人体に及ぼす生物学的影響を考慮に入れた放射線量を等価線量といい、単位はSv(シーベルト)で表す。放射線の影響は、放射線の種類や臓器の種類によって異なるのでこれを考慮に入れた放射線量を等価線量と呼び臓器ごとに決められる。
実効線量はその等価線量を全身被ばくに換算した線量である。部分的に被ばくした場合は、等価線量と実効線量は値が違い混乱を招きやすいので注意が必要である。体に取り込んだ放射能量から実行線量を計算するための係数が実効線量係数である。トリチウムの実効線量係数を下表に示す。
一方、セシウム137の経口摂取による実効線量係数は、1.3×10-8である。
上記に示すように実効線量係数は、セシウムの約300分の1または1000分の1と小さい。例えば、飲料水の基準値である60,000Bqのトリチウムを含む水を毎日2リットル飲んでも年間1mSvにもならないのである。
ここで、福島原発から漏れたトリチウムがどのように人体に影響を与えるか考えてみよう。この場合、漏れたトリチウムが地下水に溶け込んでいるのであり人の口には直接入らないので、これを取り込む可能性のある海洋生物の場合を考えれば良い。海洋生物を通して人体に入る場合については、海洋生物からの移行の程度を見積もる必要があり、それには濃縮係数が必要になる。生物が、生育環境に含まれる様々な放射性物質を環境濃度よりも高い濃度で蓄積する現象を生物濃縮と呼んでいる。その大きさを濃縮係数と呼び、次式で表す。
濃縮係数=生物中の放射性核種濃度/水中の放射性核種濃度
濃縮係数はIAEA等によれば以下の通りである。
魚を食べて人体に取り込んだ場合の影響について計算してみよう。魚に取り込まれたトリチウムは、セシウムに比べて線量計数で1/1000、濃縮計数で1/100であるから、セシウムに比べてその影響は10万分の1となるわけで、検出されたトリチウムの量が大幅に大きくない限り無視して良いと考えられる。
参考までに、現状での福島第一原発の排水口付近のトリチウムの濃度は、既に人体への影響があるとは言えないCS-137の3.3Bq/Lに対して約3倍の8.6Bq/Lのオーダに過ぎない。要するに、トリチウムを含む水が漏えいしたと騒ぐのは、から騒ぎと言う他はあるまい。
福島の汚染処理水は貯めて保管するより放出を
福島発電所の汚染水の問題については、IOJだより73号(2013.5.24発行)で整理し、処理法を提案している。その主要関連部分を再度掲載すると、以下の通りである。「トリチウム以外の放射性核種については、処理済水の濃度が規制値を十分に下回ることの目処がついている。現状、福島第一原子力発電所構内に貯蔵、保管されているトリチウムの全体量は10の14乗Bqとされている。トリチウムだけ、濃縮、分離できれば良いのだが、工業規模で出来る技術は世界に存在しないのも現実である。(3.11前に認められていた)
福島第一原子力発電所の年間放出基準値は2.6×10の13乗Bqであり、量的には同程度であるので、適当な希釈法を用いて、少量ずつ、海洋或いは、TMIで行われた大気への蒸発、拡散などにより、拡散放出することが考えられる。特に、福島第一原子力発電所はTMIと異なり、海岸立地の特徴を活かし、漁業の負担につながり易い海への放出だけでなく、風向によっては、陸への影響を局限化出来るであろう処理済水の大気への蒸発、拡散法を、是非とも検討すべきである。汚染水を処理した後の処理済水を一切、環境に放出しないでいることは、敷地の制約、複雑多岐な汚染水関連設備類の管理等を考慮すると、これからも要する多大な作業量、費用、保管、貯蔵を続けること等の有効性を判断すると得策ではない。」
その後、保管している汚染水タンクからの漏えい、台風等による豪雨の際の堰からの漏れなどが、マスコミでたびたび報道され、IOJだよりで懸念していることが現実化していることが見て取れる。これらは、汚染水を放出しないことがかえって状況を悪化させている証拠と捉えることができる。
マスコミ報道への要請
トリチウムを含む水については大騒ぎすることを止め、基準値以下になったことが確認できた水は海に捨てることである。大量に保管されているいわゆる汚染水の中には、基準値を何桁も下回った水が大量にある。その水の放出ができないのは、風評被害を恐れる漁民の反対があるからであろう。漁民は実害を蒙るからトリチウム水放出反対にも同情せざるを得ないが、トリチウム水は世界の原発で希釈して海中に放出しているという現実があることを理解すべきであろう。福島第一でも同じようにトリチウム水は放出してきたのであるが、過去40年間何の問題も起きていないことは歴史が示していると言えよう。無益に水を貯め込んで、過剰な保管コストを支払い、より重要な作業に遅れが出るような愚行はもうやめなくてはならない。中立機関である日本原子力学会も、トリチウムに関して安全基準(1リットル当たり6万ベクレル)以下に希釈して排出すべきと提言している。
合理的な判断ではなく、感情的な報道を繰り返した反原発を標榜するマスコミは、恐れる必要のないものまで悪者にし、風評被害を撒き散らしたのでないか。すでに問題のないレベルまで汚染が収まっている福島の漁業の本格操業が遅々として進まないのは、これら反原発のマスコミのせいでもあることを決して忘れないようにしよう。日本の将来をにらみ、状況を正確に踏まえた報道をお願いしたいものである。
コラム
ドキュメンタリー映画「パンドラの約束」
「パンドラの約束」というドキュメンタリー映画が来春公開される。筆者は、日本エネルギー会議主催の下で開催された試写会で観る機会を得たが、その内容が今の日本人にとって、大変多くの示唆を含んでいると感じたので、ここに紹介したい。
題名は「Pandora’s Promise」という原題を翻訳したものであるが、むしろ、「パンドラの希望」といった題名の方が内容にふさわしいように思われた。この作品を制作した、英国生まれ、現在ニューヨーク在住のロバート・ストーンという映画監督は、環境保護論者として長く原子力エネルギーに反対してきたものの、統計を用いた現実的な考えに基づいてその主張を180度転換し原発容認に転向したという。米国ではこの映画を見て89人の反原発派の内69人が原発容認派に転向したという。この映画では、筋金入りの5人の原子力反対論者にスポットを当て、どの様にそして何故原子力賛成に変わっていったのかを克明に描いている。従来の原発反対派の意図的な「核兵器」と「原子力エネルギーの平和利用」との混同にも触れており、原子力について支持、不支持にかかわらず、一見の価値のある映画に仕上がっている。
最近の台風の凶暴化(秒速100mの風速や洪水の頻発など)に象徴される異常気象は地球温暖化の兆候であり気がついても元に戻せない最悪の事態である。それに触れない小泉氏の原発即ゼロ発言の愚かさを思い知らせてくれる傑作である。地球環境の悪化や日本の危機的なエネルギー環境を考えれば、一人でも多くの人に見てもらいたい映画である。
(E.I記)
パンドラの約束HP:http://www.pandoraspromise.jp/
メディアでのトリチウムに関する報道
最近、東京電力福島第一発電所の汚染水の漏えいに関してメディアで取り上げられることが多い。報道の仕方によってはいたずらに恐怖感を煽るだけになることが懸念される。特にブログでは、一方的に否定的な情報だけを取り上げたものが多い。また、新聞では、数値だけを大きく取り上げ、その影響を評価したうえで報道しているものは少ない。IOJでは、放射能に対しては、「科学的に正しく怖がろう」をモットーにしてきた。今号ではトリチウムを取り上げ正しく理解する一助にしたい。
トリチウムってなに
トリチウムは、三重水素とも呼ばれ水素の同位体(陽子1つと中性子2つで構成)であるが、水素や重水素と違って放射性であることが特徴である。放射線の種類としてはベータ線(β線)であり、そのエネルギーは、0.019MeVと低い。なお、トリチウムはベータ線を出したのち、安定なヘリウム3に変わる。その半減期は12年である。トリチウムは放射性廃棄物として取り上げられ、注目を浴びているが、将来のエネルギー製造装置として開発中の核融合炉では、核燃料として使用される有用な元素でもある。核融合炉では重水素とトリチウムを燃焼(核融合反応)させ、その時に発生する核融合エネルギーを使って蒸気を作り発電する。
トリチウムは、自然界にあり、宇宙線によって生成され、地球全体に分布し、海洋にも存在している。人工的には原子力施設で生成され、液体廃棄物として排出される。トリチウムの排出量は、使用済み燃料の再処理を行っている英国、フランスや重水炉を有するカナダ、韓国、アルゼンチン等で多く、軽水炉を主体とする日本では少ない。福島第一原発では事故前には22兆Bqが毎年放出されていた。トリチウムの量はたいへん大きな数字で報道されることから、極めて危険なものと思われやすいが、放射性物質のなかでは極めて危険性の小さいものである。
セシウムに比べて桁違いに小さい人体への影響
環境中ではトリチウムは水の水素と置き換わり、ほとんどが水の形(トリチウム水)をとって存在している。体の中に入った場合、水は入れ替わるので、10日で半分になる(生物学的半減期)。2つ目は、生体を構成する要素である有機化合物を構成する水素と置き換わることでも存在する。これは有機結合型トリチウムと呼ばれている。有機化合物の場合、一般の排泄が遅く、体に取り入れた場合の生物学的半減期は30〜45日である。3つ目はガス状で存在する場合である。これの場合、軽いのですぐに上空へ移行し、水蒸気と出会って水交換反応によりトリチウム水に変わる。
トリチウムのベータ線は、ベータ線の中でもっともエネルギーが低い部類に入り、セシウムのベータ線(セシウム137:1.17MeV、セシウム134:2.06MeV)と比べるとわかるがエネルギーが約1/10に過ぎない。このエネルギーでは、人間の皮膚を貫通するパワーがなく、体外の放射性物質による外部被ばくは問題にならない。
なので、リスク要因として内部被ばくが残る。内部被ばくは、飲食物の摂取量と実効線量係数から評価できる。呼吸により体内に取り込まれることは、普通の人はまずないと考えてよい。
実効線量=食物摂取量×食物中のトリチウム量×実効線量係数
上式で使われている実効線量について説明しておきたい。放射線の物理的単位は、Bq(1秒間に1個の原子核崩壊が起こること:ベクレル)である。放射線が人体に及ぼす生物学的影響を考慮に入れた放射線量を等価線量といい、単位はSv(シーベルト)で表す。放射線の影響は、放射線の種類や臓器の種類によって異なるのでこれを考慮に入れた放射線量を等価線量と呼び臓器ごとに決められる。
実効線量はその等価線量を全身被ばくに換算した線量である。部分的に被ばくした場合は、等価線量と実効線量は値が違い混乱を招きやすいので注意が必要である。体に取り込んだ放射能量から実行線量を計算するための係数が実効線量係数である。トリチウムの実効線量係数を下表に示す。
一方、セシウム137の経口摂取による実効線量係数は、1.3×10-8である。
上記に示すように実効線量係数は、セシウムの約300分の1または1000分の1と小さい。例えば、飲料水の基準値である60,000Bqのトリチウムを含む水を毎日2リットル飲んでも年間1mSvにもならないのである。
ここで、福島原発から漏れたトリチウムがどのように人体に影響を与えるか考えてみよう。この場合、漏れたトリチウムが地下水に溶け込んでいるのであり人の口には直接入らないので、これを取り込む可能性のある海洋生物の場合を考えれば良い。海洋生物を通して人体に入る場合については、海洋生物からの移行の程度を見積もる必要があり、それには濃縮係数が必要になる。生物が、生育環境に含まれる様々な放射性物質を環境濃度よりも高い濃度で蓄積する現象を生物濃縮と呼んでいる。その大きさを濃縮係数と呼び、次式で表す。
濃縮係数=生物中の放射性核種濃度/水中の放射性核種濃度
濃縮係数はIAEA等によれば以下の通りである。
魚を食べて人体に取り込んだ場合の影響について計算してみよう。魚に取り込まれたトリチウムは、セシウムに比べて線量計数で1/1000、濃縮計数で1/100であるから、セシウムに比べてその影響は10万分の1となるわけで、検出されたトリチウムの量が大幅に大きくない限り無視して良いと考えられる。
参考までに、現状での福島第一原発の排水口付近のトリチウムの濃度は、既に人体への影響があるとは言えないCS-137の3.3Bq/Lに対して約3倍の8.6Bq/Lのオーダに過ぎない。要するに、トリチウムを含む水が漏えいしたと騒ぐのは、から騒ぎと言う他はあるまい。
福島の汚染処理水は貯めて保管するより放出を
福島発電所の汚染水の問題については、IOJだより73号(2013.5.24発行)で整理し、処理法を提案している。その主要関連部分を再度掲載すると、以下の通りである。「トリチウム以外の放射性核種については、処理済水の濃度が規制値を十分に下回ることの目処がついている。現状、福島第一原子力発電所構内に貯蔵、保管されているトリチウムの全体量は10の14乗Bqとされている。トリチウムだけ、濃縮、分離できれば良いのだが、工業規模で出来る技術は世界に存在しないのも現実である。(3.11前に認められていた)
福島第一原子力発電所の年間放出基準値は2.6×10の13乗Bqであり、量的には同程度であるので、適当な希釈法を用いて、少量ずつ、海洋或いは、TMIで行われた大気への蒸発、拡散などにより、拡散放出することが考えられる。特に、福島第一原子力発電所はTMIと異なり、海岸立地の特徴を活かし、漁業の負担につながり易い海への放出だけでなく、風向によっては、陸への影響を局限化出来るであろう処理済水の大気への蒸発、拡散法を、是非とも検討すべきである。汚染水を処理した後の処理済水を一切、環境に放出しないでいることは、敷地の制約、複雑多岐な汚染水関連設備類の管理等を考慮すると、これからも要する多大な作業量、費用、保管、貯蔵を続けること等の有効性を判断すると得策ではない。」
その後、保管している汚染水タンクからの漏えい、台風等による豪雨の際の堰からの漏れなどが、マスコミでたびたび報道され、IOJだよりで懸念していることが現実化していることが見て取れる。これらは、汚染水を放出しないことがかえって状況を悪化させている証拠と捉えることができる。
マスコミ報道への要請
トリチウムを含む水については大騒ぎすることを止め、基準値以下になったことが確認できた水は海に捨てることである。大量に保管されているいわゆる汚染水の中には、基準値を何桁も下回った水が大量にある。その水の放出ができないのは、風評被害を恐れる漁民の反対があるからであろう。漁民は実害を蒙るからトリチウム水放出反対にも同情せざるを得ないが、トリチウム水は世界の原発で希釈して海中に放出しているという現実があることを理解すべきであろう。福島第一でも同じようにトリチウム水は放出してきたのであるが、過去40年間何の問題も起きていないことは歴史が示していると言えよう。無益に水を貯め込んで、過剰な保管コストを支払い、より重要な作業に遅れが出るような愚行はもうやめなくてはならない。中立機関である日本原子力学会も、トリチウムに関して安全基準(1リットル当たり6万ベクレル)以下に希釈して排出すべきと提言している。
合理的な判断ではなく、感情的な報道を繰り返した反原発を標榜するマスコミは、恐れる必要のないものまで悪者にし、風評被害を撒き散らしたのでないか。すでに問題のないレベルまで汚染が収まっている福島の漁業の本格操業が遅々として進まないのは、これら反原発のマスコミのせいでもあることを決して忘れないようにしよう。日本の将来をにらみ、状況を正確に踏まえた報道をお願いしたいものである。
コラム
ドキュメンタリー映画「パンドラの約束」
「パンドラの約束」というドキュメンタリー映画が来春公開される。筆者は、日本エネルギー会議主催の下で開催された試写会で観る機会を得たが、その内容が今の日本人にとって、大変多くの示唆を含んでいると感じたので、ここに紹介したい。
題名は「Pandora’s Promise」という原題を翻訳したものであるが、むしろ、「パンドラの希望」といった題名の方が内容にふさわしいように思われた。この作品を制作した、英国生まれ、現在ニューヨーク在住のロバート・ストーンという映画監督は、環境保護論者として長く原子力エネルギーに反対してきたものの、統計を用いた現実的な考えに基づいてその主張を180度転換し原発容認に転向したという。米国ではこの映画を見て89人の反原発派の内69人が原発容認派に転向したという。この映画では、筋金入りの5人の原子力反対論者にスポットを当て、どの様にそして何故原子力賛成に変わっていったのかを克明に描いている。従来の原発反対派の意図的な「核兵器」と「原子力エネルギーの平和利用」との混同にも触れており、原子力について支持、不支持にかかわらず、一見の価値のある映画に仕上がっている。
最近の台風の凶暴化(秒速100mの風速や洪水の頻発など)に象徴される異常気象は地球温暖化の兆候であり気がついても元に戻せない最悪の事態である。それに触れない小泉氏の原発即ゼロ発言の愚かさを思い知らせてくれる傑作である。地球環境の悪化や日本の危機的なエネルギー環境を考えれば、一人でも多くの人に見てもらいたい映画である。
(E.I記)
パンドラの約束HP:http://www.pandoraspromise.jp/