ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、イスラエル出身の歴史家、哲学者であり、世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者として知られている。 氏は、NHKのインタビュー番組ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界―海外の治世が語る展望―」のなかで、新型コロナによるパンデミックについて、国際的な連携、科学への信頼、民主主義で解決すべきであると述べ、地球温暖化問題でも同様な取り組みをすべきであると語った。
政治に係る民主主義はさておき、他の2つは日本のエネルギーを考える会(SEJ)にとって共感できる主張である。SEJではエネルギーと地球温暖化の分野で、日本の持続可能な発展のために、エネルギーや地球温暖化に関する内外の情報を分析し、提供することを目的としている。ハラリ氏の地球温暖化についての見解は、著書『21世紀に向けた21日課』(「21 Lessons for the 21 Century」)に記述されている。そこで上記2つの視点に係る同氏の主張を紹介し、最後にSEJの考えについて触れてみたい
1.ナショナリズム 生態系の難題 地球温暖化(7章 )
現在は数多くの氷河期と間氷期を経て完新世と呼ぶ最後の間氷期に入り、気候が相対的に安定した経験をしながら一万年を経過している。
しかしながら、最も脅威に感じるのは気候変動が予想されていることだ。その原因となる温室効果ガスの排出を今後20年間に劇的に抑えることが出来なければ、地球全体の平均の大気温度は2℃以上上昇し、海面の上昇、ハリケーンのような極端な気象の発生頻度が増加する。その結果、農業の生産体制を壊し、都市や村に水害をもたらすという。
この問題を解決するためには、環境の観点に基づきながらの再エネへの転換、内燃機関の使用停止、化石燃料を燃やさない新しいテクノロジーによる代替などが必要である。そして、これらはナショナリズムで解決することは困難で、世界的規模で行動する必要がある。
また、温暖化の影響や対策は国によって対応に濃淡がある。ロシアのシベリアは世界の穀倉地帯に変わるかもしれないし、ロシアが支配している北極海の海上交通路が世界規模の交易主要水路となり、カムチャッカが現在の世界の海路の交差点であるシンガポールに置き換わることは必定である。化石燃料を再生可能エネルギーに切り替える可能性のある中国、日本、韓国は喜ぶが、ロシア、イラン、サウジアラビアは石油、ガスが突然、太陽光と風に代わったら自国経済は崩壊に瀕してしまうだろうという。
2.無知 あなたは考えているほど何も知らない(15章)
歴史が進むにつれて、個人が知っていることはますます少なくなってしまう。私たちが知りたいと思うもののほぼ全てを、他人の専門的技術や知識に頼っているのだ。これは必ずしも悪いことではない。私たちが集団思考に頼っているから世界の主人公になれたのであり、また知識の錯覚のお陰で、すべてを自ら理解しようとするような達成不可能な努力にかまけて人生を送らずに済むのだ。
とはいえ、知識の錯覚にも欠点がある。気候や生物学についてろくすっぽ知識を持たない人が、平気で気候変動や遺伝子組換え作物についての政策を提案したり、イラクやウクライナを地図帳で見つけられない人が、そうした国で何をすべきかについて、恐ろしいほどの強硬な意見を唱えたりしているのだ。
もっと質の高い情報を人々に提供しても、状況はそれほど改善されそうにない。科学者は、より良い教育によって間違った見方を追い払うことを願い、また有識者は、正確な事実や専門家の報告書を一般大衆に示すことで、地球温暖化のような諸問題について世論を動かすことを願うのだ。しかし、人々に事実を浴びせかけ、一人ひとりの無知を暴けば、恐らく裏目に出てしまうだろう。大抵の人は、事実ばかりを並べ立てられると辟易するであろうし、自分は愚か者だなどとは絶対に思いたくないものだ。
統計データの束を差し出せば、地球温暖化の真実を納得させることができると思わない方がいい。
科学者たちすら集団思考という力の影響を免れない。たとえば、事実によって世論を変え得ると信じている科学者自身が、科学的な集団思考の犠牲者なのかも知れない。科学者の集団は、事実の有効性を信じ切っているので、この集団に忠実な科学者たちは、正反対の経験的な証拠が多くあったとしても、自分たちが正しいと信ずる事実を投げ掛ければ、一般大衆との討論で説き伏せられると信じ続けるものだ。
3.ポスト・トゥルース(フェイクニュースはいつまでも続く) 洗脳マシーンから抜け出す。(17章 )
自分の偏見を暴き、自分の情報源の確かさを確認するために時間と労力をかけるのは私たち全員の責任である。私たちは自分で何から何まで調べることは出来ない。だからこそ、せめて自分がお気に入りの情報については念入りに調べる必要がある。
そのためには
第一の経験則は、信頼できる情報が欲しければ、たっぷりお金を払うことだ。
第二の経験則は、もしなんらかの問題が自分に取って格別に重要と思えるなら、関連した科学文献を読む努力をすることだ。ただし、科学文献といっても、専門家の査読を受けた論文や、名の知れた学術出版社が刊行した書籍や、定評がある大学や機関の教授の著作に限る。科学に限界があることは言うまでもないが、科学は過去に多くの間違いを起こしてきた。それにもかかわらず、科学界は何世紀にわたって、最も信頼できる知識の源泉であり続けた。
しかし、科学界が何か間違っていると思ったとしたら、実際に間違っている可能性は十分ある。少なくとも自分が退けようとしている科学論理を知り、自分の主張を支える証拠を何かしら提示しなくてはならないだろう。
4.まとめ
以上紹介したハラリ氏の主張は大いに参考となったと考えており、これを踏まえて我々は以下を今後の活動の指針とする。
ハラリ氏が指摘するように地球温暖化についてどれだけ知っているのか突き詰めていく。表面的な知識ではなく、信頼できる科学的事実を参考情報として紹介したい。地球温暖化が進み一刻の余裕も許さないという説と、これが有力な説であるが、地球寒冷化によりまだ余裕があるという説があり、それらの科学的根拠を探りながら、適切な戦略を考えていく。
地球温暖化問題は一国で解決する課題ではなく、国際協力で進める必要がある。IPCCの活動などを紹介し理解活動に努めるべきであることは論を待たないが、情報の伝え方(真実を言うだけでは人は変わらない)や社会倫理的な面についても着目する。
地球温暖化対策について、日本の科学技術や国土の条件に即した対応は重要であり、これまでも発信してきたところであるが、化石燃料の削減、再エネや原子力の推進などのより分かりやすい具体的情報の発信を強化する。
(なお、「21 Lessons for the 21 Century」の内容は当会のメンバーである鈴木氏の翻訳に基づく)
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ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、イスラエル出身の歴史家、哲学者であり、世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者として知られている。 氏は、NHKのインタビュー番組ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界―海外の治世が語る展望―」のなかで、新型コロナによるパンデミックについて、国際的な連携、科学への信頼、民主主義で解決すべきであると述べ、地球温暖化問題でも同様な取り組みをすべきであると語った。
政治に係る民主主義はさておき、他の2つは日本のエネルギーを考える会(SEJ)にとって共感できる主張である。SEJではエネルギーと地球温暖化の分野で、日本の持続可能な発展のために、エネルギーや地球温暖化に関する内外の情報を分析し、提供することを目的としている。ハラリ氏の地球温暖化についての見解は、著書『21世紀に向けた21日課』(「21 Lessons for the 21 Century」)に記述されている。そこで上記2つの視点に係る同氏の主張を紹介し、最後にSEJの考えについて触れてみたい
1.ナショナリズム 生態系の難題 地球温暖化(7章 )
現在は数多くの氷河期と間氷期を経て完新世と呼ぶ最後の間氷期に入り、気候が相対的に安定した経験をしながら一万年を経過している。
しかしながら、最も脅威に感じるのは気候変動が予想されていることだ。その原因となる温室効果ガスの排出を今後20年間に劇的に抑えることが出来なければ、地球全体の平均の大気温度は2℃以上上昇し、海面の上昇、ハリケーンのような極端な気象の発生頻度が増加する。その結果、農業の生産体制を壊し、都市や村に水害をもたらすという。
この問題を解決するためには、環境の観点に基づきながらの再エネへの転換、内燃機関の使用停止、化石燃料を燃やさない新しいテクノロジーによる代替などが必要である。そして、これらはナショナリズムで解決することは困難で、世界的規模で行動する必要がある。
また、温暖化の影響や対策は国によって対応に濃淡がある。ロシアのシベリアは世界の穀倉地帯に変わるかもしれないし、ロシアが支配している北極海の海上交通路が世界規模の交易主要水路となり、カムチャッカが現在の世界の海路の交差点であるシンガポールに置き換わることは必定である。化石燃料を再生可能エネルギーに切り替える可能性のある中国、日本、韓国は喜ぶが、ロシア、イラン、サウジアラビアは石油、ガスが突然、太陽光と風に代わったら自国経済は崩壊に瀕してしまうだろうという。
2.無知 あなたは考えているほど何も知らない(15章)
歴史が進むにつれて、個人が知っていることはますます少なくなってしまう。私たちが知りたいと思うもののほぼ全てを、他人の専門的技術や知識に頼っているのだ。これは必ずしも悪いことではない。私たちが集団思考に頼っているから世界の主人公になれたのであり、また知識の錯覚のお陰で、すべてを自ら理解しようとするような達成不可能な努力にかまけて人生を送らずに済むのだ。
とはいえ、知識の錯覚にも欠点がある。気候や生物学についてろくすっぽ知識を持たない人が、平気で気候変動や遺伝子組換え作物についての政策を提案したり、イラクやウクライナを地図帳で見つけられない人が、そうした国で何をすべきかについて、恐ろしいほどの強硬な意見を唱えたりしているのだ。
もっと質の高い情報を人々に提供しても、状況はそれほど改善されそうにない。科学者は、より良い教育によって間違った見方を追い払うことを願い、また有識者は、正確な事実や専門家の報告書を一般大衆に示すことで、地球温暖化のような諸問題について世論を動かすことを願うのだ。しかし、人々に事実を浴びせかけ、一人ひとりの無知を暴けば、恐らく裏目に出てしまうだろう。大抵の人は、事実ばかりを並べ立てられると辟易するであろうし、自分は愚か者だなどとは絶対に思いたくないものだ。
統計データの束を差し出せば、地球温暖化の真実を納得させることができると思わない方がいい。
科学者たちすら集団思考という力の影響を免れない。たとえば、事実によって世論を変え得ると信じている科学者自身が、科学的な集団思考の犠牲者なのかも知れない。科学者の集団は、事実の有効性を信じ切っているので、この集団に忠実な科学者たちは、正反対の経験的な証拠が多くあったとしても、自分たちが正しいと信ずる事実を投げ掛ければ、一般大衆との討論で説き伏せられると信じ続けるものだ。
3.ポスト・トゥルース(フェイクニュースはいつまでも続く) 洗脳マシーンから抜け出す。(17章 )
自分の偏見を暴き、自分の情報源の確かさを確認するために時間と労力をかけるのは私たち全員の責任である。私たちは自分で何から何まで調べることは出来ない。だからこそ、せめて自分がお気に入りの情報については念入りに調べる必要がある。
そのためには
第一の経験則は、信頼できる情報が欲しければ、たっぷりお金を払うことだ。
第二の経験則は、もしなんらかの問題が自分に取って格別に重要と思えるなら、関連した科学文献を読む努力をすることだ。ただし、科学文献といっても、専門家の査読を受けた論文や、名の知れた学術出版社が刊行した書籍や、定評がある大学や機関の教授の著作に限る。科学に限界があることは言うまでもないが、科学は過去に多くの間違いを起こしてきた。それにもかかわらず、科学界は何世紀にわたって、最も信頼できる知識の源泉であり続けた。
しかし、科学界が何か間違っていると思ったとしたら、実際に間違っている可能性は十分ある。少なくとも自分が退けようとしている科学論理を知り、自分の主張を支える証拠を何かしら提示しなくてはならないだろう。
4.まとめ
以上紹介したハラリ氏の主張は大いに参考となったと考えており、これを踏まえて我々は以下を今後の活動の指針とする。
ハラリ氏が指摘するように地球温暖化についてどれだけ知っているのか突き詰めていく。表面的な知識ではなく、信頼できる科学的事実を参考情報として紹介したい。地球温暖化が進み一刻の余裕も許さないという説と、これが有力な説であるが、地球寒冷化によりまだ余裕があるという説があり、それらの科学的根拠を探りながら、適切な戦略を考えていく。
地球温暖化問題は一国で解決する課題ではなく、国際協力で進める必要がある。IPCCの活動などを紹介し理解活動に努めるべきであることは論を待たないが、情報の伝え方(真実を言うだけでは人は変わらない)や社会倫理的な面についても着目する。
地球温暖化対策について、日本の科学技術や国土の条件に即した対応は重要であり、これまでも発信してきたところであるが、化石燃料の削減、再エネや原子力の推進などのより分かりやすい具体的情報の発信を強化する。
(なお、「21 Lessons for the 21 Century」の内容は当会のメンバーである鈴木氏の翻訳に基づく)
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