はじめに
“文明”という言葉に対する誤解を避けるため、はじめに定義しておきたい。その時、福沢諭吉の「文明論の概略」が基準になるが、その一般性は「文明論の概略」がギゾーやバックルの西洋文明に関する著書を踏まえているので、信頼できる。例えば、原子力の技術体系そのものは学術体系であって文明論ではない。文明は必ず、大衆の生活の諸相を包
ところで、全国には原発反対者を上回る数の原発容認派が存在すると思われるが、それが数字として顕在化されていない現状は残念で、これをどうにかして顕在化したいという思いはくすぶったままである。福島事故が起きてしまった現在、原発を積極的に容認する人が少ないことは仕方がないとして、「資源がない我が国では原子力利用は仕方があるまい」という消極的容認派が多いことは容易に推測される。それを確認する確実な方法を見出せないか。わずか1,000人程度の回答に基づいた世論調査がどこまで信用できるか。大抵の選挙結果が世論調査と異なる結果になるのはどこかに齟齬がある。国の行く先を間違えないためにも、原発の“消極的容認派”を掘り起し顕在化させることが今極めて重要である。彼らと意見交換を行い、原子力の夢と希望を共有する事態の実現は今最も望まれていることではないだろうか。これから概説する “原子力文明” がその手がかりとならないか考えてみた。
原子力と商工との間にどのような橋を架けるのか
「国民の核アレルギーに風穴をあける」にはどうしたらよいか、これこそ原子力の最大の問題であり、原子力平和利用の最大の障害であった。今でも未解決のまま。解決の糸口を見出すには「原子力を国民の手に取り戻す」という方策以外に道があるとは思えない。皮肉なことに、そのモチベーションを持てるのは、今後福島原発事故を十字架として背負って生きていかなければならない原子力の専門家である。そのときの手段が「国民とコミュニケーションを図りながら」であろう。このコミュニケーションを図るというのが実は原子力文明の始まりであろう。こうすれば、次世代の若者が希望を持って堂々と原子力に従事できる社会環境を創りあげることができると思うが、成功するかしかないか、一つの社会的実験である。
最初にこのような認識を持ったのは連携を深めようとしていた立地地域の商工関係者との話し合いに触発されたからである。そのとき意識した問題は「原子力関係者と商工関係者との間にどんな橋を架けたらよいか」であった。しかし、この半年間この問題に明確な解答を得ることはできなかった。答が閃いたのは何のことはない、先の6月1日の原子力国民会議主催の東京中央集会で中小企業の方たちの電力料金値上げに対する悲鳴を聞いた時であった。この集会そのものが「どんな橋か」に対する処方箋だったのである。参加者の多くは原子力村以外の人々で、電力の料金値下げを望む中小企業の方々と商工会関係者だったからである。このような会合をさらに工夫・充実させながら継続していけば、“橋”は自ら育つのではないか。これが原子力文明の始まりになるのではないか、と感じたのである。
原子力文明の活動理念とは
かの有名なマックス・ウェーバーの著作に「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」がある。ウェーバーは、近代資本主義がかくも発展してきた最大の要因はカルヴァンが宗教改革で提唱した“プロテスタンティズム”の倫理にあると分析した。その要旨はインターネットで検索できる。死後の運命は生前には判らず、“神”によってあらかじめ決められているとする“予定説”。神のために富を蓄えた人々の振る舞いが資本主義の発展を促進したというのである。
共産主義にはプロテスタンティズムの倫理に相当する倫理は存在しない。ソ連邦は消滅し、中国の共産主義はマルクス・エンゲレスの共産主義とは縁もゆかりもない共産党独裁主義に陥っている。そこには卑俗的な経済原理を見るだけである。世界史を見たとき、シュメール文明、インダス文明、エジプト文明、日本文明など多くの異なった文明が存在する。そこには、プロテスタンティズムに該当する固有の精神が存在したのであり、その追及は意味があるが今は検討しない。
それでは、原子力ステークホールダーの行動規範と原子力の真の所有者である国民の倫理的行為にどのような精神的基軸が存在するのだろうか、存在するとすればそれは何か、存在しなければ創造しなければならない。特に、原子力を短絡的に「危険、事故は悲惨、放射能は怖い、原子炉は不気味である」などといった情緒的把握と強く結びつけた反原発マスコミの主張は、文明を「野蛮、半開、文明」と分類する福沢の文明論からすると、まさに“半開”そのものである。理由はいくらでもあげられる。決定的な欠点は「情緒的反原発には時間軸が欠けており思いつきのまやかしに近い解決策しか主張していない」ことにある。彼らの視点は限られているうえ矮小化されており、肝心なことは隠して語らず、である。主張の正体を見抜くには、語られていないものは何か、を探ることである。
仮に我が国が反原発に煽られて原子力をやめても原子力の必要性や普遍性はいささかも揺るがない。ロシアによる天然ガス供給停止のリスクをよく知るウクライナはチェルノビル事故で一時原発を止めたが、今では15基が 運転中、2基が計画中 である。化石燃料の枯渇、地球環境の破壊、人口の増大、などの人類の深刻 な諸問題を解決できるのは原子力をおいて他にない。この事実はたびたび語られてきたが、十分に説得性に富んだ“話しかけ”が実現されていない。
繰り返せば、この原子力にプロテスタンティズムに匹敵する倫理観が導入できるか否か、倫理観でなくとも精神的機軸が存創れるかどうか、であろう。私たちがこの問題にぶつかるのは、原子力国民会議の基軸となる精神的支柱は何か、と考えるからである。
福沢諭吉の“文明論の概略” と文明の要件
この書は丸山真男の「文明論の概略を読む」と併せ読めば理解し易い。筆者が「原子力のプロテスティズムに相当するものは何か」を考え始めたのはおよそ数か月前である。直感的には“文明論”がそれに近くないか、と思えて文献を読み始めた。この2冊はその点示唆に富む。
1) 明治初期に西洋文明を輸入し始めたころ何が起きたかを思えば、文明とは人間生活やそれに関連した精神の“発展形態“として理解される。「野蛮、半開、文明」はまさにそれである。迷信の打破(電線の下に立つと石女になる、など)、生活環境の進展(舗装道路の出現、など)、交通手段の発展(機関車の出現、など)、などは文明の一側面。また、科学技術を通した世界観の進展、自然現象の理解促進、などは精神的側面。
2) 文明は発展する。そして、それは相対的なものである。明治初期には日本は西洋に比べて半開であったが、今は共に文明社会である。文明は進歩のプロセスに依存するから相対的である。
3) 文明の進展には“物質的進展”と“精神的進展”の両者が共存し、一方が欠落しては文明とは言えない。単一の価値観が他の価値観を非合理的に抑圧している社会から(封建的な“である”社会から近代的な“する”社会へ)、人間の活動が分化して精神的活動も多様化してくる過程を「文明化の過程」という。原子力文明の“文明化の過程”は何か、と思えば、それは安全を前提にした国民の理解の深さと原子力から受ける恩恵であろう。
4) 時間は変化する“物”がなければ存在せず、空間は“物”があって初めて認識される。同様に、多様化した社会秩序のもとではある要素間の相互作用があって初めて“自由”が生まれる。単一の原理から多様な原理への発展が文明の進歩をもたらし(封建社会から近代社会へ)自由を生み出した。相互作用は文明を生み出す諸相のひとつである。
5) 文明の進歩は社会のコミュニケーションが増大し、複雑化する過程であり、人間相互のコミュニケーションが文明の基本的要請である。原子力文明は机上では完結せず、国民との対話の中で形成される。
これらの事項がこれから “原子力文明” を考えていくとき指針となると考える。
「原子力を国民の手に取り戻す」運動と原子力文明
「原子力は原子力村のもの」という潜在意識が強固であったが故に、津波対策などが万機公論に付されず決断されなかった。福島原発事故の遠因である。事故後起きた批判はすべて“原子力村”に向けられた。政治家、官僚、マスコミは責任を取らなかった。責任を取らされた東京電力は見るも無残である。原子力村は安全神話の砦に囲まれていたが、3.11がその閉塞状態に鉄槌を下した。「原子力を国民の手に取り戻す」はこの反省に基づく。ではどうするか。原子力文明を構築してその結果を「国民の手に取り戻す」運動に反映する。これを思想の中核とし、行動と認識の規範とするのである。
1) まず、原子力に時間軸を導入する。文明はプロセス、プロセスは時間変化、と思えば当然のこと。過去と現在と未来における我が国の将来、大きなポテンシャルを持つ原子力が果たす役割と有用性。
2) 時間軸に加えて、空間的広がりも考慮する。現在、世界で400基以上が運転されているのに高度な技術を有する我が国だけ運転中原発がゼロである理由は何か、という疑問。さらに世界では後30年で約400基が増設されるという。世界は原子力の活用で豊かになろうというのに、どうして我が国だけ原発ゼロか、という疑問。この2つの疑問は事故の危険性だけでは説明できない。
3) 国民の理解なしでは原子力文明は完成しない。相互のコミュニケーションほど重要なものはない。コミュニケーションの場を集会だけでなく祭りといった伝統的しきたりにまで延長できないか、今後の検討課題であろう。
4) 中国では百家争鳴という。今の原発論争は呪縛にあったように事故の悲惨さだけに集中し議論が暗すぎる。情報汚染による風評被害を垂れ流すのみ。暗すぎる議論に明日はない。反原発は反日でもあるようなので議論を明るくしては都合が悪いとしか思えない。安保闘争のとき反対運動は大層盛り上がったが、論壇では錚々たる有識者が活発な議論を交わしていた。今原子力論壇は存在しない。暗すぎてできない。この閉塞状況を打破するには、“原子力論壇” の登場が時代的要請となっていないか。
5) 原子力をこのように見 ると、今の矮小化され不毛な議論に陥っている原発賛否の議論が如何に矮小化され、不毛で非生産的か、明白であろう。単に危険である、悲惨である、見えない放射線は怖い、といった情緒から脱却するには “原子力文明論” が功を奏する。
おわりに
本年5月末から6月初めにかけて一般社団法人「原子力国民会議」主催の全国集会を開催した。開催場所は、電力の大消費地である札幌、東京、広島、福岡であった。国際的活動の一環として台北にも参加してもらった。合計1,500名以上の参加者を得た。これらの参加者の多くは、一般市民、労働団体、商工団体、NPO関係者、であった。このような集会を重ねていくことが、原子力文明を構築する実践の場であることを強調したい。(宮 健三 記)
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はじめに
“文明”という言葉に対する誤解を避けるため、はじめに定義しておきたい。その時、福沢諭吉の「文明論の概略」が基準になるが、その一般性は「文明論の概略」がギゾーやバックルの西洋文明に関する著書を踏まえているので、信頼できる。例えば、原子力の技術体系そのものは学術体系であって文明論ではない。文明は必ず、大衆の生活の諸相を包
ところで、全国には原発反対者を上回る数の原発容認派が存在すると思われるが、それが数字として顕在化されていない現状は残念で、これをどうにかして顕在化したいという思いはくすぶったままである。福島事故が起きてしまった現在、原発を積極的に容認する人が少ないことは仕方がないとして、「資源がない我が国では原子力利用は仕方があるまい」という消極的容認派が多いことは容易に推測される。それを確認する確実な方法を見出せないか。わずか1,000人程度の回答に基づいた世論調査がどこまで信用できるか。大抵の選挙結果が世論調査と異なる結果になるのはどこかに齟齬がある。国の行く先を間違えないためにも、原発の“消極的容認派”を掘り起し顕在化させることが今極めて重要である。彼らと意見交換を行い、原子力の夢と希望を共有する事態の実現は今最も望まれていることではないだろうか。これから概説する “原子力文明” がその手がかりとならないか考えてみた。
原子力と商工との間にどのような橋を架けるのか
「国民の核アレルギーに風穴をあける」にはどうしたらよいか、これこそ原子力の最大の問題であり、原子力平和利用の最大の障害であった。今でも未解決のまま。解決の糸口を見出すには「原子力を国民の手に取り戻す」という方策以外に道があるとは思えない。皮肉なことに、そのモチベーションを持てるのは、今後福島原発事故を十字架として背負って生きていかなければならない原子力の専門家である。そのときの手段が「国民とコミュニケーションを図りながら」であろう。このコミュニケーションを図るというのが実は原子力文明の始まりであろう。こうすれば、次世代の若者が希望を持って堂々と原子力に従事できる社会環境を創りあげることができると思うが、成功するかしかないか、一つの社会的実験である。
最初にこのような認識を持ったのは連携を深めようとしていた立地地域の商工関係者との話し合いに触発されたからである。そのとき意識した問題は「原子力関係者と商工関係者との間にどんな橋を架けたらよいか」であった。しかし、この半年間この問題に明確な解答を得ることはできなかった。答が閃いたのは何のことはない、先の6月1日の原子力国民会議主催の東京中央集会で中小企業の方たちの電力料金値上げに対する悲鳴を聞いた時であった。この集会そのものが「どんな橋か」に対する処方箋だったのである。参加者の多くは原子力村以外の人々で、電力の料金値下げを望む中小企業の方々と商工会関係者だったからである。このような会合をさらに工夫・充実させながら継続していけば、“橋”は自ら育つのではないか。これが原子力文明の始まりになるのではないか、と感じたのである。
原子力文明の活動理念とは
かの有名なマックス・ウェーバーの著作に「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」がある。ウェーバーは、近代資本主義がかくも発展してきた最大の要因はカルヴァンが宗教改革で提唱した“プロテスタンティズム”の倫理にあると分析した。その要旨はインターネットで検索できる。死後の運命は生前には判らず、“神”によってあらかじめ決められているとする“予定説”。神のために富を蓄えた人々の振る舞いが資本主義の発展を促進したというのである。
共産主義にはプロテスタンティズムの倫理に相当する倫理は存在しない。ソ連邦は消滅し、中国の共産主義はマルクス・エンゲレスの共産主義とは縁もゆかりもない共産党独裁主義に陥っている。そこには卑俗的な経済原理を見るだけである。世界史を見たとき、シュメール文明、インダス文明、エジプト文明、日本文明など多くの異なった文明が存在する。そこには、プロテスタンティズムに該当する固有の精神が存在したのであり、その追及は意味があるが今は検討しない。
それでは、原子力ステークホールダーの行動規範と原子力の真の所有者である国民の倫理的行為にどのような精神的基軸が存在するのだろうか、存在するとすればそれは何か、存在しなければ創造しなければならない。特に、原子力を短絡的に「危険、事故は悲惨、放射能は怖い、原子炉は不気味である」などといった情緒的把握と強く結びつけた反原発マスコミの主張は、文明を「野蛮、半開、文明」と分類する福沢の文明論からすると、まさに“半開”そのものである。理由はいくらでもあげられる。決定的な欠点は「情緒的反原発には時間軸が欠けており思いつきのまやかしに近い解決策しか主張していない」ことにある。彼らの視点は限られているうえ矮小化されており、肝心なことは隠して語らず、である。主張の正体を見抜くには、語られていないものは何か、を探ることである。
仮に我が国が反原発に煽られて原子力をやめても原子力の必要性や普遍性はいささかも揺るがない。ロシアによる天然ガス供給停止のリスクをよく知るウクライナはチェルノビル事故で一時原発を止めたが、今では15基が 運転中、2基が計画中 である。化石燃料の枯渇、地球環境の破壊、人口の増大、などの人類の深刻 な諸問題を解決できるのは原子力をおいて他にない。この事実はたびたび語られてきたが、十分に説得性に富んだ“話しかけ”が実現されていない。
繰り返せば、この原子力にプロテスタンティズムに匹敵する倫理観が導入できるか否か、倫理観でなくとも精神的機軸が存創れるかどうか、であろう。私たちがこの問題にぶつかるのは、原子力国民会議の基軸となる精神的支柱は何か、と考えるからである。
福沢諭吉の“文明論の概略” と文明の要件
この書は丸山真男の「文明論の概略を読む」と併せ読めば理解し易い。筆者が「原子力のプロテスティズムに相当するものは何か」を考え始めたのはおよそ数か月前である。直感的には“文明論”がそれに近くないか、と思えて文献を読み始めた。この2冊はその点示唆に富む。
1) 明治初期に西洋文明を輸入し始めたころ何が起きたかを思えば、文明とは人間生活やそれに関連した精神の“発展形態“として理解される。「野蛮、半開、文明」はまさにそれである。迷信の打破(電線の下に立つと石女になる、など)、生活環境の進展(舗装道路の出現、など)、交通手段の発展(機関車の出現、など)、などは文明の一側面。また、科学技術を通した世界観の進展、自然現象の理解促進、などは精神的側面。
2) 文明は発展する。そして、それは相対的なものである。明治初期には日本は西洋に比べて半開であったが、今は共に文明社会である。文明は進歩のプロセスに依存するから相対的である。
3) 文明の進展には“物質的進展”と“精神的進展”の両者が共存し、一方が欠落しては文明とは言えない。単一の価値観が他の価値観を非合理的に抑圧している社会から(封建的な“である”社会から近代的な“する”社会へ)、人間の活動が分化して精神的活動も多様化してくる過程を「文明化の過程」という。原子力文明の“文明化の過程”は何か、と思えば、それは安全を前提にした国民の理解の深さと原子力から受ける恩恵であろう。
4) 時間は変化する“物”がなければ存在せず、空間は“物”があって初めて認識される。同様に、多様化した社会秩序のもとではある要素間の相互作用があって初めて“自由”が生まれる。単一の原理から多様な原理への発展が文明の進歩をもたらし(封建社会から近代社会へ)自由を生み出した。相互作用は文明を生み出す諸相のひとつである。
5) 文明の進歩は社会のコミュニケーションが増大し、複雑化する過程であり、人間相互のコミュニケーションが文明の基本的要請である。原子力文明は机上では完結せず、国民との対話の中で形成される。
これらの事項がこれから “原子力文明” を考えていくとき指針となると考える。
「原子力を国民の手に取り戻す」運動と原子力文明
「原子力は原子力村のもの」という潜在意識が強固であったが故に、津波対策などが万機公論に付されず決断されなかった。福島原発事故の遠因である。事故後起きた批判はすべて“原子力村”に向けられた。政治家、官僚、マスコミは責任を取らなかった。責任を取らされた東京電力は見るも無残である。原子力村は安全神話の砦に囲まれていたが、3.11がその閉塞状態に鉄槌を下した。「原子力を国民の手に取り戻す」はこの反省に基づく。ではどうするか。原子力文明を構築してその結果を「国民の手に取り戻す」運動に反映する。これを思想の中核とし、行動と認識の規範とするのである。
1) まず、原子力に時間軸を導入する。文明はプロセス、プロセスは時間変化、と思えば当然のこと。過去と現在と未来における我が国の将来、大きなポテンシャルを持つ原子力が果たす役割と有用性。
2) 時間軸に加えて、空間的広がりも考慮する。現在、世界で400基以上が運転されているのに高度な技術を有する我が国だけ運転中原発がゼロである理由は何か、という疑問。さらに世界では後30年で約400基が増設されるという。世界は原子力の活用で豊かになろうというのに、どうして我が国だけ原発ゼロか、という疑問。この2つの疑問は事故の危険性だけでは説明できない。
3) 国民の理解なしでは原子力文明は完成しない。相互のコミュニケーションほど重要なものはない。コミュニケーションの場を集会だけでなく祭りといった伝統的しきたりにまで延長できないか、今後の検討課題であろう。
4) 中国では百家争鳴という。今の原発論争は呪縛にあったように事故の悲惨さだけに集中し議論が暗すぎる。情報汚染による風評被害を垂れ流すのみ。暗すぎる議論に明日はない。反原発は反日でもあるようなので議論を明るくしては都合が悪いとしか思えない。安保闘争のとき反対運動は大層盛り上がったが、論壇では錚々たる有識者が活発な議論を交わしていた。今原子力論壇は存在しない。暗すぎてできない。この閉塞状況を打破するには、“原子力論壇” の登場が時代的要請となっていないか。
5) 原子力をこのように見 ると、今の矮小化され不毛な議論に陥っている原発賛否の議論が如何に矮小化され、不毛で非生産的か、明白であろう。単に危険である、悲惨である、見えない放射線は怖い、といった情緒から脱却するには “原子力文明論” が功を奏する。
おわりに
本年5月末から6月初めにかけて一般社団法人「原子力国民会議」主催の全国集会を開催した。開催場所は、電力の大消費地である札幌、東京、広島、福岡であった。国際的活動の一環として台北にも参加してもらった。合計1,500名以上の参加者を得た。これらの参加者の多くは、一般市民、労働団体、商工団体、NPO関係者、であった。このような集会を重ねていくことが、原子力文明を構築する実践の場であることを強調したい。(宮 健三 記)
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