SEJだより第37号 日本の産業の衰退を食い止めなくてはならない ―原子力ばかりでない周回遅れをどうするかー湯之上隆著「半導体有事」を読んで
- カテゴリ: 原子力政策 2023-12-9 9:45 閲覧 (586)
はじめに
近年、日本の数々の産業はピーク・アウトを経験し、世界的シェアの低下、産業の衰退に陥っている。電気製品に限っても、テレビ、ビデオ、から始まり産業の米といわれる半導体までもシェアが低下している。その原因を探る本も多く出版されているが、今年4月に出版された著者湯之上氏の「半導体有事」の分析についてポイントをまとめてみた。（半導体有事： 著者 湯之上隆 2023年4月初版 文春新書）加えて、最後に、原子力にも共通する解決すべき課題について考えてみたい。
著者は、1961年生まれ、日立半導体事業部、中央研究所、エルピーダメモリに在籍していた。同氏は2021年6月国会の参考人として招致され証言しているのだが、証言の時は拍手喝采を受けたが政策には全く反映されなかったという。
この本の最大のテーマは、日本の半導体産業が世界的シェアを落とす中で、日本政府が目指す「ラピダス（日本）は2027年までに世界の最先端2nmができるか？」である。
著者がこの本を執筆した理由は、半導体産業の衰退対策は講じられてきたが、半導体産業の再生のための診断が間違えているために上手く回復しないこととなってきたと考えられ、これを解決するために、半導体に関する問題の共通認識を作る必要があるとの認識が生じたからである。
半導体に関する正しい認識を作るためには何が問題なのかを全体として理解する必要があり、アメリカの政策、世界の半導体の現状、半導体産業の現状、半導体製造工程の理解、TSMC（Taiwan Semiconductor Manufacturing Co.ｌｔｄ）の世界シェアが高い理由などについてまとめている。
最近のアメリカの政策
アメリカが中国半導体を攻撃する理由は、「中国の高性能半導体利用による軍事的優位の阻止」ということであり、加えて「ロシアへの半導体輸出阻止」である。このため、
2020.5.14 TSMCのアリゾナ工場(5nm) 建設誘致、中国ファーウェイへの輸出禁止を行った。
2020.10.7アメリカは、中国半導体産業への製造装置輸出禁止を実施し、さらに日・オランダに同調させている。
2022.8.9 「Chips and Science Act」法を成立させた。この法律は、アメリカの半導体製造と研究開発に投資する法律で「コストを削減し、サプライチェーンを強化し、中国に対抗する」ことを目的としている。
この政策が成功すると、中国半導体産業、中国のスパコン、AI、製造メーカー、軍事技術等広範囲に打撃を与えられるとしている。
世界の半導体産業の現状
世界の半導体産業は、より処理速度が速くコンパクトな半導体を作るため、半導体集積回路の微細化を進めている。集積回路の微細化には高度な技術が必要で、日本及び日本より一歩進んでいる米インテルなどが取り組んだものの困難で挫折している企業が多い。その中で、回路線幅(7nm)を達成できた企業が生き残っている。それが現状TSMCとサムスンである。
半導体製造工程の理解
半導体製造の難しさを理解するためには工程の概要を知ることが必要である。半導体製造工程は以下の通り大きく三段階に分けられる。
�� 半導体の設計：ファブレス、 例 アイフォンの設計
�� 半導体製造の前工程：ファウンドリーと呼ばれる工程で、30cmのシリコンに、約1000個の集積回路をおおむね1000の工程で製造する。
現在の最大のファウンドリーはTSMCである。
�� 半導体製造の後工程：アセンブリーと呼ばれる工程で、前工程で作られたシリコンを30μmに削り、1000個の回路を切り離してパッケージにする工程である。
現在の典型的な半導体製造の主な流れは、ＡＰＰＬＥ社のアイフォンで見られる。
�� ＡＰＰＬＥは設計のみをし
�� ファウンドリー（前工程）はTSMCが製造
�� アセンブリー（後工程）は中国でホンハイが行っている
前工程：ファウンドリーは、洗浄、露光、エッチングの３要素で構成される。
このうち重要な露光は、2019年来オランダのASML社がほぼ独占的にEUV露光装置を製造している。露光装置は一台200億円、これを使わないと線幅7nm、3nmの半導体はできず、同社の世界シェアは90％である。
TSMCの世界シェアが高い理由
では、何故TSMCが前工程製造をほぼ独占しているのか？
TSMCはモリス・チャンが1987年に町工場として創業した企業である。TSMCは、設計にあたり、ファブレス標準ライブラリ（イギリスのARM社の回路設計データセル）を使用することとした。
これに対し日本の各企業は独自に設計した。このため、設計する回路セル毎に、設計の無謬性、チップ製造時のエラー防止が必要となった。TSMCではARM標準設計を使用しているので、それを組み合わせた複雑な回路設計に失敗が少なく投資が無駄にならなかった。
日立、東芝、NECは垂直統合であったため、各社独自設計を行い互換性もなく、回路設計・試作、マスク開発、製造ライン、など個別設計を行い、試作、ダメ詰めなど無駄な時間と労力・コストがかかった。
世界中の設計者（ファブレス）及び製品を製作販売する会社は、調達リスクの少ない、ファウンドリーTSMCを選んだ。
1992年まではインテルが半導体生産量世界一であったが、その後サムスンになり、現在はTSMCである。TSMCはEUV（露光装置）を100台所有し、一台に20人程度の専門技術者を配置している。これに対して、サムスンは30台、インテル15台しか保有していない。また、今後EUVを調達するとしても、ASMLはEUVを毎年最大40台しか生産できない。
車用半導体の見通し
コロナで車の需要が減り、車メーカーはTMSCに発注した半導体をキャンセルしたので、TSMCは製造ラインを他の需要に切り替えた。その後、車の需要が回復して再度発注されたがTSMCの生産ラインが一杯であったため供給不足となった。自動車用半導体としては28nmを使用するFV（化石燃料使用車）用アナログ半導体、パワー半導体、自動運転用高性能半導体があるが、これらは皆TSMCをファウンドリーとしているので、TSMCのアイフォンの生産等との競合状態になった。
IBMは自社の半導体部門は不採算で売却したが、先端半導体を製造する案を日本に働きかけ、自動車用半導体の製造、3nm以下の線幅の半導体など最先端の半導体を日本国内で製造することを働きかけた。
近い将来、車用半導体28nmは供給過剰になると予測される。また、EV（電気自動車）への移行で車に必要な半導体が7nmから3nmに移行する その結果、ＴＳＭＣの熊本工場は２２〜２８nm半導体生産を目指しており、日本への投資が無駄となる可能性が指摘されている。
2021年からの世界中での高度な半導体投資・増産見通し
市場規模は、中国1953億ドル、アメリカ1255億ドル、欧州481億ドル、日本445億ドルである。
今後の投資額は、今後10年程度で、韓国50兆円、アメリカ74兆円、欧州60兆円程度の額となり、2023年3月のBusiness Koreanの分析によれば合計141兆円となっている。 中国は20兆円（中国は日本のルネサスなど世界中の企業を買収しようとしたが失敗した）の見通しである。これらの投資がすべて成功すれば、いずれ生産過剰になると見込まれる。
7nm以下の細い回路製作は現在TSMCとサムスンのみ成功しているが難しい技術である。一例としてアメリカではインテルがそれまでの回路幅14nmの技術を7年かけても10nm、7nmにできなかった。この理由の一つは、インテル社五代目CEOが経営効率化で人員を2万人減らしたことが理由か、あるいは製造装置のEUVを使いこなせなかったことが理由か不明である。
これに対し、韓国ではK半導体ベルト構想、50兆円以上、人材36000人育成を進めている。これは日本政府の対韓国規制が韓国の独自路線をとらせた側面がある。
経産省は半導体産業復活のため2nmの半導体を作り世界をリードすることとしている。湯之上隆氏によれば、日本は9世代遅れで「それを作る技術も技術者もいないのにできる筈がない」と分析している。
過去日本の半導体が韓国に負けた理由
1980年日本は世界シェア80％であったが、その当時はメインフレームで耐用年数25年の高性能・高信頼が求められそれを達成した。1990年代になりパソコンが主流となった。その為高性能・高信頼でなく、5年もてば良い安価なメモリーが必要になったが、日本は高信頼で高価なメモリーを作り続けた。例えば、使用するマスク枚数が製造工程の煩雑さとコストに影響するが、日本のメーカーのマスク枚数は、日立29枚、東芝28枚、NEC26枚であるのに対して、韓国サムスンは20枚であった。数が多くなると工程が多くなり高価になる。即ち日本は要求性能を満たす安いメモリーを作れなかったから負けたのである。
日本は失敗の歴史を繰り返している
日本のメモリー製造は、DRAMから,NANDへと拡大し、製造はエルピーダメモリ、ルネサス（日立東芝連合）と進んだが、それぞれの段階で、過剰技術・過剰品質病で、安く大量生産する韓国産業に敗れた。「技術では勝ったが、ビジネスで負けた」という人がいるが、実際は技術でも負けていた。
この過程で、日本の技術者の数は、ピーク時は２０万人いたが今は半分以下の８万人程度となっている。半導体製造のために日本の半導体技術者を増やすには、教育改革をして、これからでも技術者を増やすさないと生産に対応できない。
日本の半導体に光明はあるのか？
「技術で勝ってビジネスで負けたと」のではなく、技術で勝てなかったとすれば、何が日本の強い技術かを考えることが重要である。
現時点では、日本は半導体製造装置（東京エレクトロン等）の世界シェアがまだ高い。
日本の強い競争力「製造装置」をより強くすることが必要ではないか
日本の半導体製造産業が強い競争力を持つ間により強くすることが重要である。世界の各陣営が迫ってきている。欧米、韓国の前工程装置のメーカーは2000年以降2倍程度の成長があるが、日本のメーカーは成長率が低くその分世界的にみると日本のシェアが低下している。メーカーは自社の売り上げが若干でも伸びていると安心してしまうが、世界のメーカーはより早く成長している。
この状況を打破するには、現状を正確に把握することが肝要であり、マーケティングによりニーズを正確につかみ、科学的分析と装置全体設計、モジュール化シミュレーションなどの方法を駆使する必要がある。湯之上氏によれば経産省は２nm半導体生産を目指すラピダスを支援している場合ではない。
世界的な半導体の将来・課題
世界的なドライ・エッチング装置不足、希ガス（ロシア、ウクライナ）不足から、世界的な半導体製造危機の可能性がある。
図1 NTT技報 2023年7月号
湯之上隆氏の分析と今後の展望
以上湯之上氏の技術的評価を中心としてまとめてみたが、では今後に生かす課題としては何があるであろうか。
まず、湯之上氏の提起した技術的評価のポイントを如何に示す。
�� これまで日本の半導体産業は、要求されていない高品質を追求して失敗してきたなどの反省点が共有反映されていない。
�� 現在の日本政府の戦略である、2nm(3nm以下)の線幅の最先端半導体の製造は、TSMC、サムスン、あるいはアメリカといった先行する企業に勝ち目はない。
�� 従って、現在まだ日本の世界的シェアの高い半導体製造装置などに投資をしてより強くしないとこの分野でも後れを取る可能性が高く、集中投資をする必要がある。
ということである。
この他にも各方面で指摘されている反省点としては、技術力の慢心、改革不足、リスクをとらない姿勢、ニーズの誤認、人材育成、資金不足、トータル戦略不足などの指摘がある。これらの中で、原子力産業にも共通すると思われる点について最後に取り上げたい。
まず、トータル戦略不足についてである。日本は科学技術立国との立ち位置を明確にしてきたと思っていたが、結果として既存の技術に安住し次世代の技術開発を軽視してきたことが現在の日本の姿に繋がっているのではなかろうか。半導体は産業の米（こめ）で重要と言われ続けたがこれまで日本としての長期的戦略が明確でなく、単発的対策で、スマホ、メモリー、液晶などシェアが奪われてきた。どの技術が重要かを明確にして、日本として課題を共有しその解決に総力で向かうことができていれば防げたのではなかろうか。このことは、エネルギーについても共通する。高速炉開発という世界を先導する戦力について、事故などのリスクに晒され揺らいでしまったが、長期的に日本に必要な戦略を明確に堅持して研究開発を進めていくことが日本の技術力堅持のための必須事項ではなかろうか。
次に開発資金についてであるが、半導体に関連する開発でも直近の、液晶の次の世代である有機EL官民ファンドの経営破綻(2023.03)も資金不足が原因の一つと言われている。ラピダスの運営資金も今のままでは不足が指摘されている。SEJ第36号で論じた高速炉開発についても、GX戦略の中で最初の資金はあるように見えるがその後の資金が続かなければ開発の継続は難しくなる。
最後に人材の課題である。トップを独走するTSMCのある台湾では、今後さらに人材の不足を考え、当局と大学が共同でトップ校の国立清華大学に「半導体研究学院」を設立し年間60人を育成しているという。日本の今後の技術開発においても、半導体はもとより、原子力分野における人材不足は深刻であり人材育成の重要性を指摘したい。
日本は、科学技術立国として生きていくことが必須と考えられるが、そのための課題を明確に認識し、総力で課題解決の取り組んでいくことが必要である。（金盛正至 記）
pdfはこちらから（プリント版)
この本の最大のテーマは、日本の半導体産業が世界的シェアを落とす中で、日本政府が目指す「ラピダス（日本）は2027年までに世界の最先端2nmができるか？」である。
著者がこの本を執筆した理由は、半導体産業の衰退対策は講じられてきたが、半導体産業の再生のための診断が間違えているために上手く回復しないこととなってきたと考えられ、これを解決するために、半導体に関する問題の共通認識を作る必要があるとの認識が生じたからである。
半導体に関する正しい認識を作るためには何が問題なのかを全体として理解する必要があり、アメリカの政策、世界の半導体の現状、半導体産業の現状、半導体製造工程の理解、TSMC（Taiwan Semiconductor Manufacturing Co.ｌｔｄ）の世界シェアが高い理由などについてまとめている。
最近のアメリカの政策
アメリカが中国半導体を攻撃する理由は、「中国の高性能半導体利用による軍事的優位の阻止」ということであり、加えて「ロシアへの半導体輸出阻止」である。このため、
2020.5.14 TSMCのアリゾナ工場(5nm) 建設誘致、中国ファーウェイへの輸出禁止を行った。
2020.10.7アメリカは、中国半導体産業への製造装置輸出禁止を実施し、さらに日・オランダに同調させている。
2022.8.9 「Chips and Science Act」法を成立させた。この法律は、アメリカの半導体製造と研究開発に投資する法律で「コストを削減し、サプライチェーンを強化し、中国に対抗する」ことを目的としている。
この政策が成功すると、中国半導体産業、中国のスパコン、AI、製造メーカー、軍事技術等広範囲に打撃を与えられるとしている。
世界の半導体産業の現状
世界の半導体産業は、より処理速度が速くコンパクトな半導体を作るため、半導体集積回路の微細化を進めている。集積回路の微細化には高度な技術が必要で、日本及び日本より一歩進んでいる米インテルなどが取り組んだものの困難で挫折している企業が多い。その中で、回路線幅(7nm)を達成できた企業が生き残っている。それが現状TSMCとサムスンである。
半導体製造工程の理解
半導体製造の難しさを理解するためには工程の概要を知ることが必要である。半導体製造工程は以下の通り大きく三段階に分けられる。
�� 半導体の設計：ファブレス、 例 アイフォンの設計
�� 半導体製造の前工程：ファウンドリーと呼ばれる工程で、30cmのシリコンに、約1000個の集積回路をおおむね1000の工程で製造する。
現在の最大のファウンドリーはTSMCである。
�� 半導体製造の後工程：アセンブリーと呼ばれる工程で、前工程で作られたシリコンを30μmに削り、1000個の回路を切り離してパッケージにする工程である。
現在の典型的な半導体製造の主な流れは、ＡＰＰＬＥ社のアイフォンで見られる。
�� ＡＰＰＬＥは設計のみをし
�� ファウンドリー（前工程）はTSMCが製造
�� アセンブリー（後工程）は中国でホンハイが行っている
前工程：ファウンドリーは、洗浄、露光、エッチングの３要素で構成される。
このうち重要な露光は、2019年来オランダのASML社がほぼ独占的にEUV露光装置を製造している。露光装置は一台200億円、これを使わないと線幅7nm、3nmの半導体はできず、同社の世界シェアは90％である。
TSMCの世界シェアが高い理由
では、何故TSMCが前工程製造をほぼ独占しているのか？
TSMCはモリス・チャンが1987年に町工場として創業した企業である。TSMCは、設計にあたり、ファブレス標準ライブラリ（イギリスのARM社の回路設計データセル）を使用することとした。
これに対し日本の各企業は独自に設計した。このため、設計する回路セル毎に、設計の無謬性、チップ製造時のエラー防止が必要となった。TSMCではARM標準設計を使用しているので、それを組み合わせた複雑な回路設計に失敗が少なく投資が無駄にならなかった。
日立、東芝、NECは垂直統合であったため、各社独自設計を行い互換性もなく、回路設計・試作、マスク開発、製造ライン、など個別設計を行い、試作、ダメ詰めなど無駄な時間と労力・コストがかかった。
世界中の設計者（ファブレス）及び製品を製作販売する会社は、調達リスクの少ない、ファウンドリーTSMCを選んだ。
1992年まではインテルが半導体生産量世界一であったが、その後サムスンになり、現在はTSMCである。TSMCはEUV（露光装置）を100台所有し、一台に20人程度の専門技術者を配置している。これに対して、サムスンは30台、インテル15台しか保有していない。また、今後EUVを調達するとしても、ASMLはEUVを毎年最大40台しか生産できない。
車用半導体の見通し
コロナで車の需要が減り、車メーカーはTMSCに発注した半導体をキャンセルしたので、TSMCは製造ラインを他の需要に切り替えた。その後、車の需要が回復して再度発注されたがTSMCの生産ラインが一杯であったため供給不足となった。自動車用半導体としては28nmを使用するFV（化石燃料使用車）用アナログ半導体、パワー半導体、自動運転用高性能半導体があるが、これらは皆TSMCをファウンドリーとしているので、TSMCのアイフォンの生産等との競合状態になった。
IBMは自社の半導体部門は不採算で売却したが、先端半導体を製造する案を日本に働きかけ、自動車用半導体の製造、3nm以下の線幅の半導体など最先端の半導体を日本国内で製造することを働きかけた。
近い将来、車用半導体28nmは供給過剰になると予測される。また、EV（電気自動車）への移行で車に必要な半導体が7nmから3nmに移行する その結果、ＴＳＭＣの熊本工場は２２〜２８nm半導体生産を目指しており、日本への投資が無駄となる可能性が指摘されている。
2021年からの世界中での高度な半導体投資・増産見通し
市場規模は、中国1953億ドル、アメリカ1255億ドル、欧州481億ドル、日本445億ドルである。
今後の投資額は、今後10年程度で、韓国50兆円、アメリカ74兆円、欧州60兆円程度の額となり、2023年3月のBusiness Koreanの分析によれば合計141兆円となっている。 中国は20兆円（中国は日本のルネサスなど世界中の企業を買収しようとしたが失敗した）の見通しである。これらの投資がすべて成功すれば、いずれ生産過剰になると見込まれる。
7nm以下の細い回路製作は現在TSMCとサムスンのみ成功しているが難しい技術である。一例としてアメリカではインテルがそれまでの回路幅14nmの技術を7年かけても10nm、7nmにできなかった。この理由の一つは、インテル社五代目CEOが経営効率化で人員を2万人減らしたことが理由か、あるいは製造装置のEUVを使いこなせなかったことが理由か不明である。
これに対し、韓国ではK半導体ベルト構想、50兆円以上、人材36000人育成を進めている。これは日本政府の対韓国規制が韓国の独自路線をとらせた側面がある。
経産省は半導体産業復活のため2nmの半導体を作り世界をリードすることとしている。湯之上隆氏によれば、日本は9世代遅れで「それを作る技術も技術者もいないのにできる筈がない」と分析している。
過去日本の半導体が韓国に負けた理由
1980年日本は世界シェア80％であったが、その当時はメインフレームで耐用年数25年の高性能・高信頼が求められそれを達成した。1990年代になりパソコンが主流となった。その為高性能・高信頼でなく、5年もてば良い安価なメモリーが必要になったが、日本は高信頼で高価なメモリーを作り続けた。例えば、使用するマスク枚数が製造工程の煩雑さとコストに影響するが、日本のメーカーのマスク枚数は、日立29枚、東芝28枚、NEC26枚であるのに対して、韓国サムスンは20枚であった。数が多くなると工程が多くなり高価になる。即ち日本は要求性能を満たす安いメモリーを作れなかったから負けたのである。
日本は失敗の歴史を繰り返している
日本のメモリー製造は、DRAMから,NANDへと拡大し、製造はエルピーダメモリ、ルネサス（日立東芝連合）と進んだが、それぞれの段階で、過剰技術・過剰品質病で、安く大量生産する韓国産業に敗れた。「技術では勝ったが、ビジネスで負けた」という人がいるが、実際は技術でも負けていた。
この過程で、日本の技術者の数は、ピーク時は２０万人いたが今は半分以下の８万人程度となっている。半導体製造のために日本の半導体技術者を増やすには、教育改革をして、これからでも技術者を増やすさないと生産に対応できない。
日本の半導体に光明はあるのか？
「技術で勝ってビジネスで負けたと」のではなく、技術で勝てなかったとすれば、何が日本の強い技術かを考えることが重要である。
現時点では、日本は半導体製造装置（東京エレクトロン等）の世界シェアがまだ高い。
日本の強い競争力「製造装置」をより強くすることが必要ではないか
日本の半導体製造産業が強い競争力を持つ間により強くすることが重要である。世界の各陣営が迫ってきている。欧米、韓国の前工程装置のメーカーは2000年以降2倍程度の成長があるが、日本のメーカーは成長率が低くその分世界的にみると日本のシェアが低下している。メーカーは自社の売り上げが若干でも伸びていると安心してしまうが、世界のメーカーはより早く成長している。
この状況を打破するには、現状を正確に把握することが肝要であり、マーケティングによりニーズを正確につかみ、科学的分析と装置全体設計、モジュール化シミュレーションなどの方法を駆使する必要がある。湯之上氏によれば経産省は２nm半導体生産を目指すラピダスを支援している場合ではない。
世界的な半導体の将来・課題
世界的なドライ・エッチング装置不足、希ガス（ロシア、ウクライナ）不足から、世界的な半導体製造危機の可能性がある。
図1 NTT技報 2023年7月号
湯之上隆氏の分析と今後の展望
以上湯之上氏の技術的評価を中心としてまとめてみたが、では今後に生かす課題としては何があるであろうか。
まず、湯之上氏の提起した技術的評価のポイントを如何に示す。
�� これまで日本の半導体産業は、要求されていない高品質を追求して失敗してきたなどの反省点が共有反映されていない。
�� 現在の日本政府の戦略である、2nm(3nm以下)の線幅の最先端半導体の製造は、TSMC、サムスン、あるいはアメリカといった先行する企業に勝ち目はない。
�� 従って、現在まだ日本の世界的シェアの高い半導体製造装置などに投資をしてより強くしないとこの分野でも後れを取る可能性が高く、集中投資をする必要がある。
ということである。
この他にも各方面で指摘されている反省点としては、技術力の慢心、改革不足、リスクをとらない姿勢、ニーズの誤認、人材育成、資金不足、トータル戦略不足などの指摘がある。これらの中で、原子力産業にも共通すると思われる点について最後に取り上げたい。
まず、トータル戦略不足についてである。日本は科学技術立国との立ち位置を明確にしてきたと思っていたが、結果として既存の技術に安住し次世代の技術開発を軽視してきたことが現在の日本の姿に繋がっているのではなかろうか。半導体は産業の米（こめ）で重要と言われ続けたがこれまで日本としての長期的戦略が明確でなく、単発的対策で、スマホ、メモリー、液晶などシェアが奪われてきた。どの技術が重要かを明確にして、日本として課題を共有しその解決に総力で向かうことができていれば防げたのではなかろうか。このことは、エネルギーについても共通する。高速炉開発という世界を先導する戦力について、事故などのリスクに晒され揺らいでしまったが、長期的に日本に必要な戦略を明確に堅持して研究開発を進めていくことが日本の技術力堅持のための必須事項ではなかろうか。
次に開発資金についてであるが、半導体に関連する開発でも直近の、液晶の次の世代である有機EL官民ファンドの経営破綻(2023.03)も資金不足が原因の一つと言われている。ラピダスの運営資金も今のままでは不足が指摘されている。SEJ第36号で論じた高速炉開発についても、GX戦略の中で最初の資金はあるように見えるがその後の資金が続かなければ開発の継続は難しくなる。
最後に人材の課題である。トップを独走するTSMCのある台湾では、今後さらに人材の不足を考え、当局と大学が共同でトップ校の国立清華大学に「半導体研究学院」を設立し年間60人を育成しているという。日本の今後の技術開発においても、半導体はもとより、原子力分野における人材不足は深刻であり人材育成の重要性を指摘したい。
日本は、科学技術立国として生きていくことが必須と考えられるが、そのための課題を明確に認識し、総力で課題解決の取り組んでいくことが必要である。（金盛正至 記）
pdfはこちらから（プリント版)