１．まえがき
日本になにゆえ高速増殖炉が必要なのかについて改めて思い起こしてみたい。言うまでもなく日本は、必要とするエネルギーの殆どを海外から輸入している。それに加えウクライナ戦争など日本を取り巻くエネルギー情勢は厳しさを増している。日本にエネルギー危機が再来した時に想定される尋常でない事態については過去の歴史を振り返れば明らかである。
この認識は日本人に共通してあると考えたいが、必ずしもそうではない。例えば、マスコミに属する方々の例をみてみたい。以下にNHK記者により最近出版された著作からの引用を示す。
「およそ80年前、日本はアメリカと大きな戦争をしました。太平洋戦争です。産業を支えていた石油をアメリカに押さえられていたことが日米開戦のきっかけでした」
同著作では、「はじめに」の部分には先の戦争について記しているにもかかわらず、全体としては福島事故の反省が十分でなく安全性等が問題とし、原子力に舵を切ったエネルギー政策について読者の恐怖心を煽るかたちで疑問だという主張をしている。これは福島事故後に原子力規制委員会が設置され、事故の反省点に立脚した世界で最も厳しい規制により、安全に原子力発電が行われる事実を深く認識せず、日本の将来を真剣に考えない軽率な主張と考えられる。このような主張は、今後の日本のエネルギー選択の国民の理解に誤った影響を与える以外の何物でもない。
今一度、エネルギー確保は日本の生命線であり、エネルギーの輸入が困難な状況になった場合にどうなるかを真剣に考えて、将来の日本のエネルギーについて論じるべき時である。
２．エネルギー安全保障と純国産エネルギーの確保
エネルギーの安定確保のためには、石油などの化石燃料に依存するのではなく、太陽光などの再生可能エネルギーに加えて、再生可能エネルギーとしてのウラン資源の有効活用とそのための自主技術開発の重要性を再認識する必要がある。我が国では戦争に突入した反省を踏まえ、戦後1956年には原子力委員会が原子力長計をとりまとめたが、それは純国産エネルギーを得るため高速増殖炉による新たな国産エネルギーの確保を目指し、原子燃料の自給体制を確立しようとするものであった。
当時の世界情勢では、ウラン資源が希少であり、濃縮供給量の制約もあったので、ウラン資源の有効利用の観点から、高速増殖炉により純国産エネルギーとしてのプルトニウムを生み出し、原子炉燃料として再利用する再処理技術の開発を一体で進める必要があるとの認識のもとで、取組みが進められていたのである。現時点でこの方針は変更の必要があるだろうか。否、日本が直面する資源の状況は変わらず、日本は石油もウランも自給できない国である。世界中で原子力開発が進んでいる潮流も十分に参考にしつつ、原子力利用の長期的視点から、これまで国策として取り組んできた核燃料サイクルの確立を目指す路線を引き続き国の原子力開発の基本方針として、日本のエネルギー安全保障に取り組んでいく必要がある。
３．世界の高速増殖炉開発の動向
世界的にみると、先進各国を中心として技術力に優れた各国が高速増殖炉の開発に取り組んでいるがその進捗状況にはばらつきが大きい。
「およそ80年前、日本はアメリカと大きな戦争をしました。太平洋戦争です。産業を支えていた石油をアメリカに押さえられていたことが日米開戦のきっかけでした」
同著作では、「はじめに」の部分には先の戦争について記しているにもかかわらず、全体としては福島事故の反省が十分でなく安全性等が問題とし、原子力に舵を切ったエネルギー政策について読者の恐怖心を煽るかたちで疑問だという主張をしている。これは福島事故後に原子力規制委員会が設置され、事故の反省点に立脚した世界で最も厳しい規制により、安全に原子力発電が行われる事実を深く認識せず、日本の将来を真剣に考えない軽率な主張と考えられる。このような主張は、今後の日本のエネルギー選択の国民の理解に誤った影響を与える以外の何物でもない。
今一度、エネルギー確保は日本の生命線であり、エネルギーの輸入が困難な状況になった場合にどうなるかを真剣に考えて、将来の日本のエネルギーについて論じるべき時である。
２．エネルギー安全保障と純国産エネルギーの確保
エネルギーの安定確保のためには、石油などの化石燃料に依存するのではなく、太陽光などの再生可能エネルギーに加えて、再生可能エネルギーとしてのウラン資源の有効活用とそのための自主技術開発の重要性を再認識する必要がある。我が国では戦争に突入した反省を踏まえ、戦後1956年には原子力委員会が原子力長計をとりまとめたが、それは純国産エネルギーを得るため高速増殖炉による新たな国産エネルギーの確保を目指し、原子燃料の自給体制を確立しようとするものであった。
当時の世界情勢では、ウラン資源が希少であり、濃縮供給量の制約もあったので、ウラン資源の有効利用の観点から、高速増殖炉により純国産エネルギーとしてのプルトニウムを生み出し、原子炉燃料として再利用する再処理技術の開発を一体で進める必要があるとの認識のもとで、取組みが進められていたのである。現時点でこの方針は変更の必要があるだろうか。否、日本が直面する資源の状況は変わらず、日本は石油もウランも自給できない国である。世界中で原子力開発が進んでいる潮流も十分に参考にしつつ、原子力利用の長期的視点から、これまで国策として取り組んできた核燃料サイクルの確立を目指す路線を引き続き国の原子力開発の基本方針として、日本のエネルギー安全保障に取り組んでいく必要がある。
３．世界の高速増殖炉開発の動向
世界的にみると、先進各国を中心として技術力に優れた各国が高速増殖炉の開発に取り組んでいるがその進捗状況にはばらつきが大きい。
図1 世界で加速するNa冷却高速炉の開発
現在、世界の中で高速増殖炉開発において一番進んでいるのがロシアである。（図１参照）ロシアは産油国であるにも拘わらず、2000年代の後半におけるエネルギー不足の事態を想定して高速増殖炉によるエネルギー確保戦略を進めている。日本と違うのは、ナトリウム事故などへの対応である。ひとつ実験炉BN-600においてだけを見ても、ナトリウム漏洩が27 回発生するなど度重なるナトリウム漏洩事故が発生しても着実に乗り越え、開発を継続して進めている。2015年には実証炉BN-800が完成し2030年代には経済性を確立した実用炉(BN-1200)の完成・運転開始を目指している。国の死命を制するエネルギーの確保という基本的な政策への取り組みについて、残念ながら日本より進んでいると認めざるを得ない。中国もロシアからの技術導入を踏まえ2023年には実証炉の臨界を目指し、2030年代には実用炉の運転を開始する計画である。グローバルサウスに属するインドも、原子力開発には積極的で、原型炉を建設中であり、2030年代には運転開始が想定される。
一方、日本はこれらの国と比べ、現在10〜20年程度遅れていると言える。アメリカは2020年に共和党・民主党の党派を超えて高速炉等の原子力開発のための法律NELA(Nuclear Energy Leadership Act)を成立させ、民間からも資金を呼び込んで、原子力開発のリーダーシップを取り戻そうとしており日本との協力も視野に入れている。さらにアメリカは現在の日本とは違い、推進側DOEと規制側NRCが安全を如何に効率的に確保するかという視点で協力して開発のスピードを上げていることがある。日本としても、実証炉開発の段階まで世界の中でも先端グループであった高速増殖炉開発技術を生かし、フランスの進めているASTRID計画との協力も引き続き大切である。
日本にはこれまでの高速増殖炉開発の中で整備してきた、大型試験施設が多くあり、これらは今後の海外との共同研究開発で我が国の有力なアドバンテージとしての活用が期待される。我が国がこれ以上ロシア、中国等に後れを取らないよう国際協力も活用して技術開発を進めていくべきである。
４．国家プロジェクトとしての高速炉開発
我が国における高速炉の開発は、その重要性から国家プロジェクトとして産官学の連携と役割分担により、４つのフェーズで研究開発が進められてきた。
第一フェーズは、我が国に必要な純国産エネルギーとしての高速増殖炉の活用に関する自主技術の開発の段階であり、開発費の負担とそのリスクの観点から国の主導で進められた。第二フェーズは実用性が確認された高速炉の実用化段階であり、発電主体である電力会社による発電炉としての経済性評価の段階であった。第三フェーズ以降は官民協力による実用化研究と仏・米という西側先進国との共同研究による各国の成果の取り込みの段階である。第四フェーズはそれまでの官民協力の成果を踏まえて、経済産業省主導により日本に高速炉の実用炉の建設に向けスケジュールを具体化して進める段階である。以下各フェーズの内容について記す。
５．自主技術開発の確認フェーズ（1971〜）
高速炉開発に必要な炉心の特性の研究、ナトリウムの特性評価等の研究開発施設が整備され必要なデータ収集が進められた。高速増殖炉の炉心と熱エネルギーの取り出し技術を実証するために実験炉として「常陽」(1971〜)を建設運転し、さらに一回り大型の原型炉「もんじゅ」(1985〜)の建設により発電プラントとしての技術を確立し、高速炉の基盤となる技術は整備され必要なデータも採取された。しかし諸事情により、「もんじゅ」は廃炉とし、実証炉開発に国、電力など関係機関が取り組む方向に進むこととなった。
６．電力会社による経済性の評価フェーズ(1982〜1999)
実際の電力エネルギーとして活用するには、主体となる電力会社が自主的判断で進められるよう、電力会社を中心として電力実証炉計画(1982〜1999)が進められた。原型炉の建設コストが当時の軽水炉の3倍程度になったことから、10年程度で実用化できる革新技術を設計に取り込み、100万kW級までスケールアップすることで軽水炉の1.5倍以下の建設費を実現する設計概念を構築した。併せて炉心安全性を向上させる安全技術(受動的な炉停止機構と自然循環冷却、炉心損傷時の影響を原子炉容器内で終息)が整備された。しかし、「もんじゅ」事故後の国内議論,電力自由化の流れ等により、建設判断に至らなかった。
7．官民共同のFBRサイクルの実用化戦略調査研究
�� 1999年〜2006年
実証炉建設に向けた開発は、国家プロジェクトとして進める必要があり、当時、動燃(PNC)の研究成果を引き継いだ核燃料サイクル機構(JNC)と電力が協働しオールジャンパン体制で実用化戦略調査研究が実施された。その中で多様な冷却材(ナトリウム、重金属、水、ガス、溶融塩)に関する検討と、燃料(MOX、金属、窒化物等)を対象として、2050年頃の実用化段階のFBRサイクルに求められる性能への適合性、技術的実現性、国際協力の観点から比較検討された。7年間の検討（フィージビリティ・スタディー：FS）の結果、ナトリウム冷却・MOX燃料高速炉を主概念、ナトリウム冷却・金属燃料高速炉が副概念に選定された。その結果、経済性向上に関わる革新技術を採用した上で、150万kWのスケールメリット等を生かすことで、軽水炉と比肩し得る建設コストを達成できる設計概念が構築された。安全性向上の面では、受動的安全性と炉心損傷の影響を原子炉容器内で終息させ、周辺住民の緊急時避難を要しない設計概念が構築され、持続的な原子力利用の視点から、マイナー・アクチニド（MA）含有燃料サイクルの実用化により、「放射性廃棄物の減容と潜在的有害度を低減」、「燃料増殖」、「核拡散抵抗性の向上」を同時達成する検討結果となった。
�� 2006年〜2015年
高速増殖炉の概念設計開始に向け、FSで選定した主概念と副概念に採用する安全性、経済性、信頼性向上に関する13課題の革新技術の開発と設計研究に着手した（実用化研究開発FaCT「Fast Reactor Cycle Technology Development Project」：2006〜2011)。この開発は、高速炉開発に関わる関係5者(経産省、文科省、JAEA、電力、三菱)で、実証炉開発を進める体制が構築され実施された。しかしながら、2011年3月の福島事故によりFaCT計画は凍結された。2011年からは、国際協力（Generation IV International Forum：GIF）を活用して、第4世代炉ナトリウム冷却高速炉（SFR）の安全設計基準類の整備が日本主導で活動が開始され、2014年から、日仏ASTRID協力で大型タンク型SFRの設計協力を進めるとともに、我が国の耐震設計要求に適合した免震技術の開発、タンク型炉の技術的成立性に関する知見等を取得した。
8．原子力関係閣僚会議の「高速炉開発方針」の決定のフェーズ（2016年）
この時期までの高速増殖炉開発の過程を取りまとめて国は、【「もんじゅ」 を高速増殖炉サイクルの研究開発の中核として位置付け、福井県・敦賀市等の地元自治体の多大なる協力・理解の下その研究開発を進めており、これまでに、「もんじゅ」の設計・建設・運転・保守等を通して、実証炉以降の高速炉の開発に資する様々な技術的成果が獲得されるとともに、その過程で涵養された研究人材の厚みも相まって、我が国は、世界の中でも高速炉開発の先進国としての地位を築いてきた。】と総括し、新規制基準対応による期間と費用及び今後の運転維持費に多額の予算を要すること等を理由に「もんじゅ」の廃止措置への移行を決定（もんじゅの取扱いに関する政府方針）すると同時に「高速炉開発の方針（2016年）」を決定し、その方針の中で原子力を持続的に利用していくには、高速炉開発の意義は不変であることを確認し、国際協力を活用して高速炉開発を継続していくことが明記された。
9．「戦略ロードマップ(RM)」の策定と今後の取り組み
2018年に「高速炉開発の方針(2016)」に則り、具体的な高速炉開発「戦略ロードマップ(RM)」が策定された。戦略RMを策定する過程では、民間によるイノベーションの活用による多様な技術間競争(Nuclear Energy X Innovation Promotion：NEXIP)を行い、採用可能性のある技術の絞り込みを行うこととし、我が国の高速炉技術の技術成熟度評価が行われ、その結果、実証炉の設計に着手できる段階にあると評価し、21世紀半ばの適切なタイミングで現実的スケールの炉の運転開始、21世紀後半のいずれかのタイミングで本格的利用を期待するとした。
2022年12月には、戦略RMが見直され、技術の成熟度、市場性、国際連携等の観点で検証し、民間による研究開発も進展し、国際的にも導入が進んでいるナトリウム冷却高速炉が最も有望と絞り込むと共に、2024年から2028年の間に実証炉の概念設計・研究開発を行い、2028年には実証炉の基本設計・許認可手続きへの移行の判断を行い、2050年までに実証炉を運開する開発工程を提示し、炉と燃料サイクル技術の開発を推進する戦略が決定された。
2023年7月には、戦略WGにおいて、「三菱FBRシステムズ株式会社が提案する『ナトリウム冷却タンク型高速炉』が高速炉実証炉の概念設計対象として選定され、概念設計を行い将来その製造・建設を担う中核企業として三菱重工業株式会社を選定することが適切と評価」された。
今後、戦略RMに沿って計画を進めていくにあたり課題も散見される。特に、国などのステークホルダーの役割分担、耐震性などの課題への取り組み、サプライチェーン再構築等の課題が重要である。2024年からの実証炉の概念設計の着手に向け、経済産業省のリーダーシップにより計画推進に邁進することが肝要である。
21世紀後半のタイミングで、本格的に高速炉利用を日本のエネルギー安全保障に繋げることは、日本の将来の死命を決することである。東北大震災以前は原子力委員会が日本の原子力推進の道筋を示す機能を果たしていが、現在その機能は削がれている。経済産業省には引き続きリーダーシップを果たして頂きたいが、その他の省庁なども含め継続的に日本の原子力政策を進めていくためには、国としての意思を継続的に示し、あらゆるステークホルダーを引っ張っていく司令塔組織が必要ではなかろうか。原子力委員会に再度その権限を持たせるか、GX時代にふさわしい新たな司令塔組織を整備するかは別として、国が強力なリーダーシップを発揮して早急に高速炉建設の具体的な活動に移らなくてはならない。（金盛正至 記）
＊文中「高速炉」と「高速増殖炉」の記述が混在しているが、政府発表などで「高速炉」との記述が多いためそれを尊重していることがその理由であり、いずれの表記も「高速増殖炉」を意味している。
図2 GX実現に向けた基本方針の中での高速炉開発
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