１．まえがき
終戦後間もなく、1953年アイゼンハワー大統領の国連演説、Atoms For Peace により世界が協力して原子力の平和利用を進めるとともに核管理を通じて核拡散防止を図ることが提唱された。日 本はこれを受けて原子力開発のための予算2.5億円を補正予算で計上するとともに原子力委員会の創設や関係法整備を図った。1956年には原子力委員会が原子力長計をとりまとめ、核燃料サイクルを確立するため高速増殖炉、燃料再処理の技術開発とともに原子燃料の自給体制の確立を目指す方針が示された。
当時の世界情勢は、ウラン資源が希少であり、ウラン濃縮供給量の制約もあるので、ウラン資源の有効利用の観点から、燃料の再処理、高速増殖炉の開発を一体で進める必要があるとの認識のもとで取組みが進められていた。日本はウランを自給できない国でもあり、世界の原子力開発の潮流に従って、原子力利用の長期的視点から核燃料サイクルの確立を目指す路線を選択し、国の原子力開発の基本方針として定めたところであり、紆余曲折を経たが現在もこの方針を貫いている。
２．再処理事業において日本の自主判断が尊重されるようになるまでの流れ
再処理事業は軍事との関連もあり、日米原子力協定によって箸の上げ下ろしまでの制約が課されていた歴史がある。特に197４年のインドの核実験後、1977年にアメリカのカーター政権が発足し核不拡散政策の見直しがなされ、�（胴馥發両Χ藩兀峠萢�、プルトニウムサイクルは無期限延期 ��核不拡散と再処理事業の両立が可能かについて、国際間で検討すべきとし、ＩＮＦＣＥ（国際核燃サイクル評価委員会）を設置し検討するとされた。
日本は東海再処理工場のホット試験開始直前の時期に"待った"がかかった状態になった。
評価委員会は５百名を超える委員の下で２年の議論の結果、核不拡散と再処理事業が両立するとの結論を得た。日本は非核保有国として初めてかつ世界で唯一、核燃料サイクルの肝である再処理事業が認められることになった。
図 日本原燃・再処理工場（出典：日本原燃（株）https://www.jnfl.co.jp）
この背景には日本に対するフランスの援護応援もあったが、日本の代表団のご苦労は大変であったと推察される。米国を含め国際的にも日本の再処理ではプルトニウム単体抽出ではなくウランとの混合抽出との条件で認められたことで、東海再処理工場で技術開発が行われ六ヶ所においても混合抽出法が採用されることになった。再処理事業に関し日米の本格的細部交渉が1981~1988まで続いた。1988年に日米原子力協定が改定され、事業の全体像を把握して包括的事前同意方式とすることで合意が得られた。これは日本のこれまでの原子力開発活動においてしっかりした原子力計画があり、核拡散の懸念がない国として認めるとの意思表示であり、日本の自主的判断が尊重される体制になったといえる。この流れを経て、再処理事業は民間事業として日本原燃（株）により1993年着工の運びとなった。
３．世界の核燃料サイクル開発に向けての動向と変化
再処理事業への取組みの世界情勢が大きく変化したのは1970年代後半からといえる。希少資源だったウラン資源の開発が進み供給量が増大し、ウラン濃縮事業も遠心分離法の技術開発が進み供給量に不安が無くなってきた。重ねて1979年のＴＭＩ発電所事故、1986年のチェルノブイリ発電所事故の影響もあり世界の原子力発電の開発が停滞しウラン価格も下落した結果、核燃料サイクル確立の目的であったウラン資源の有効利用や、ＭＯＸ燃料利用のインセンテブが失われてきたことなど、再処理事業、高速炉開発を含め一連の開発に要する資金の確保や経済性の見通しが困難であるとみなされたことが情勢変化の要因として指摘できる。
この結果、イギリスは2018年には再処理事業から完全撤退し、アメリカもブッシュ（子）政権のときに再処理、高速炉開発路線の復活に戻ろうとして国際協力プロジェクトを立ち上げたが国内事情から頓挫することとなった。西側先進国で再処理工場が稼働しているのはフランスのみとなっている。高速炉（増殖炉）の開発についてもフランスの計画が経済的理由により先延ばしとなっている。一方、ロシアはすでに80万ｋｗ級の高速増殖炉に再処理後のＭＯＸ燃料を全装荷して運転中であり、中国は年内にも高速増殖実証炉を系統接続する予定としており、フランスの技術協力で2030年の運開を目指して再処理工場を建設中である。インドは国内のトリウム資源を使った新型増殖炉、再処理技術開発に取組んでいる。世界のエネルギー情勢は大きく変化しつつあり、原子力利用の拡大が必要とされる中、日本の再処理工場の竣工は世界から注視されていると思われる。
４．六ヶ所再処理工場建設の経過まとめ
着工以来今年で３０年を経過している。これまで幾つかのトラブル対策や改善工事などを経ておおよそ試運転の成果も積みあがってきたところ、2011年の大震災があり、原子力規制行政の改革がなされた。新しい規制基準が示され、事業変更許可申請が2014年、許可は2020年になった。耐震設計基準の大幅な改訂、火災などの内部事象対応、竜巻などの外部事象への対応など、事業変更許可ではあるものの実体的には安全審査の元からのやり直しに近い審査となり６年半を要している。引き続いて第１回設工認申請がなされ２年で認可をうけ、現在第２回の設工認の審査中と聞いている。竣工時期について既に２６回の変更がなされており、2024年の上期が現状の目標となっているが、これまでの審査状況をたどってみると設工認がおりても保安規定審査、使用前検査があり、およそ竣工時期の予測は不可能だろう。ここまで許認可行為に時間を要している原因として規制行政側、事業者側双方に問題があると考えざるを得ず、相互に反省しつつお互いの信頼関係を築くことが急務であろう。そもそも日本にとって大規模な再処理事業は初めてのことであり、審査するほうも審査を受けるほうも初めての経験であり、真に安全性を向上するものか実態に即して、空論を払拭し現実的判断を積み重ね審査が迅速に進められるとともに、事業者側においても辛抱強く誠実な取組みを重ねていくことを切に期待したい。
５．日本の選択としての核燃料サイクル実現の意義
核燃料サイクル確立の要は再処理事業であるが、ＭＯＸ燃料を軽水炉で燃焼するプルサーマルによる軽水炉サイクルに留まっていてはその価値効果は薄い。高速増殖炉の開発を実現しそのサイクルを確立することが日本にとって当初からの究極の目標であり、これが実現すれば千年を超えて原子力エネルギー利用が可能となる。高速増殖炉サイクルが実現すれば使用済み燃料の直接処分に比して高レベル廃棄物の減容、有害度低減効果も大きい。再処理事業の竣工はこれからの道のりを考えればその一歩を踏み出すことにつながるものである。
現実を振り返ってみると、再処理工場建設に係るトラブルや竣工時期の繰り延べが繰り返されたことや、2016年にもんじゅの廃炉決定がなされたことなどから核燃料サイクル政策は既に破綻しているのではないか、国の本気度が本当にあるのか疑わしいとして核燃料サイクル政策に対する反対や不信などを背景として反対活動が活発化した時期もあった。
政府は原子力委員会が主宰する委員会での議論を踏まえその内容を原子力利用に関する基本的考え方として2023年2月に閣議決定し、2022年にはＧＸ（グリーントランスフォーメーション）基本方針を決定し原子力利用の拡大、核燃料サイクル確立に引き続き取組んでいくことが盛りこまれ、ＧＸ基本方針として2023年2月に閣議決定している。問題は、政府が強い危機感をもち、いかに実現していくか具体策をとりまとめるとともに十分な開発資金を用意することにつきるといえよう。
６．再処理工場の早期竣工への期待と今後の課題
六ヶ所再処理事業はウランとプルトニウムを混合抽出することが基本であることから、核不拡散政策に寄与し、原子力の平和利用の世界的実証事業としてチャレンジングかつ試練の歴史的大事業といえるだろう。
再処理工場の竣工は国際社会から日本の技術力や努力の継続に対する高い評価と信頼が得られるとともに、日本国内においても着実かつ不退転の取組みの積み重ねの結果だと評価され核燃料サイクル政策への理解が深まることが期待される。
国内に貯蔵されている使用済燃料は貯蔵可能容量の８割に達しており貯蔵施設の増強が必要とされているが、再処理工場の竣工により安定した操業が開始されればこの制約が緩和されることになる。
今後の課題としては、2018年の日米原子力協定延長の際に、利用目的のないプルトニウムは持たない原則に基づき、プルサーマルの実施に必要な量だけ再処理を認可する方針が原子力委員会から示されたが、プルサーマルの実施状況にもよるが現実の再処理事業の操業のあるべき姿とＭＯＸ燃料製造時と発電所装荷時の時間差を考えればこの方針は見直しが必要になると考える。これに加えてプルサーマル１２基の早期実現、ＭＯＸ工場の竣工と早期安定操業の実現、ＭＯＸ燃料再処理技術開発の見通しをつけること、高速増殖炉の実用炉開発への取組を本格的かつ加速度的に進めることが求められており、今後の課題は山積みともいえるが、民間だけで出来る事業ではなく政府の本腰を入れた着実な支援体制が求められているといえよう。（佐々木宜彦 記）
pdfはこちらから（プリント版)
今号には、PDF版に「赤ペンおやじのつぶやき」も掲載されています。福島処理水を巡る風評被害を取りあげています。合わせてごらんください。
２．再処理事業において日本の自主判断が尊重されるようになるまでの流れ
再処理事業は軍事との関連もあり、日米原子力協定によって箸の上げ下ろしまでの制約が課されていた歴史がある。特に197４年のインドの核実験後、1977年にアメリカのカーター政権が発足し核不拡散政策の見直しがなされ、�（胴馥發両Χ藩兀峠萢�、プルトニウムサイクルは無期限延期 ��核不拡散と再処理事業の両立が可能かについて、国際間で検討すべきとし、ＩＮＦＣＥ（国際核燃サイクル評価委員会）を設置し検討するとされた。
日本は東海再処理工場のホット試験開始直前の時期に"待った"がかかった状態になった。
評価委員会は５百名を超える委員の下で２年の議論の結果、核不拡散と再処理事業が両立するとの結論を得た。日本は非核保有国として初めてかつ世界で唯一、核燃料サイクルの肝である再処理事業が認められることになった。
図 日本原燃・再処理工場（出典：日本原燃（株）https://www.jnfl.co.jp）
この背景には日本に対するフランスの援護応援もあったが、日本の代表団のご苦労は大変であったと推察される。米国を含め国際的にも日本の再処理ではプルトニウム単体抽出ではなくウランとの混合抽出との条件で認められたことで、東海再処理工場で技術開発が行われ六ヶ所においても混合抽出法が採用されることになった。再処理事業に関し日米の本格的細部交渉が1981~1988まで続いた。1988年に日米原子力協定が改定され、事業の全体像を把握して包括的事前同意方式とすることで合意が得られた。これは日本のこれまでの原子力開発活動においてしっかりした原子力計画があり、核拡散の懸念がない国として認めるとの意思表示であり、日本の自主的判断が尊重される体制になったといえる。この流れを経て、再処理事業は民間事業として日本原燃（株）により1993年着工の運びとなった。
３．世界の核燃料サイクル開発に向けての動向と変化
再処理事業への取組みの世界情勢が大きく変化したのは1970年代後半からといえる。希少資源だったウラン資源の開発が進み供給量が増大し、ウラン濃縮事業も遠心分離法の技術開発が進み供給量に不安が無くなってきた。重ねて1979年のＴＭＩ発電所事故、1986年のチェルノブイリ発電所事故の影響もあり世界の原子力発電の開発が停滞しウラン価格も下落した結果、核燃料サイクル確立の目的であったウラン資源の有効利用や、ＭＯＸ燃料利用のインセンテブが失われてきたことなど、再処理事業、高速炉開発を含め一連の開発に要する資金の確保や経済性の見通しが困難であるとみなされたことが情勢変化の要因として指摘できる。
この結果、イギリスは2018年には再処理事業から完全撤退し、アメリカもブッシュ（子）政権のときに再処理、高速炉開発路線の復活に戻ろうとして国際協力プロジェクトを立ち上げたが国内事情から頓挫することとなった。西側先進国で再処理工場が稼働しているのはフランスのみとなっている。高速炉（増殖炉）の開発についてもフランスの計画が経済的理由により先延ばしとなっている。一方、ロシアはすでに80万ｋｗ級の高速増殖炉に再処理後のＭＯＸ燃料を全装荷して運転中であり、中国は年内にも高速増殖実証炉を系統接続する予定としており、フランスの技術協力で2030年の運開を目指して再処理工場を建設中である。インドは国内のトリウム資源を使った新型増殖炉、再処理技術開発に取組んでいる。世界のエネルギー情勢は大きく変化しつつあり、原子力利用の拡大が必要とされる中、日本の再処理工場の竣工は世界から注視されていると思われる。
４．六ヶ所再処理工場建設の経過まとめ
着工以来今年で３０年を経過している。これまで幾つかのトラブル対策や改善工事などを経ておおよそ試運転の成果も積みあがってきたところ、2011年の大震災があり、原子力規制行政の改革がなされた。新しい規制基準が示され、事業変更許可申請が2014年、許可は2020年になった。耐震設計基準の大幅な改訂、火災などの内部事象対応、竜巻などの外部事象への対応など、事業変更許可ではあるものの実体的には安全審査の元からのやり直しに近い審査となり６年半を要している。引き続いて第１回設工認申請がなされ２年で認可をうけ、現在第２回の設工認の審査中と聞いている。竣工時期について既に２６回の変更がなされており、2024年の上期が現状の目標となっているが、これまでの審査状況をたどってみると設工認がおりても保安規定審査、使用前検査があり、およそ竣工時期の予測は不可能だろう。ここまで許認可行為に時間を要している原因として規制行政側、事業者側双方に問題があると考えざるを得ず、相互に反省しつつお互いの信頼関係を築くことが急務であろう。そもそも日本にとって大規模な再処理事業は初めてのことであり、審査するほうも審査を受けるほうも初めての経験であり、真に安全性を向上するものか実態に即して、空論を払拭し現実的判断を積み重ね審査が迅速に進められるとともに、事業者側においても辛抱強く誠実な取組みを重ねていくことを切に期待したい。
５．日本の選択としての核燃料サイクル実現の意義
核燃料サイクル確立の要は再処理事業であるが、ＭＯＸ燃料を軽水炉で燃焼するプルサーマルによる軽水炉サイクルに留まっていてはその価値効果は薄い。高速増殖炉の開発を実現しそのサイクルを確立することが日本にとって当初からの究極の目標であり、これが実現すれば千年を超えて原子力エネルギー利用が可能となる。高速増殖炉サイクルが実現すれば使用済み燃料の直接処分に比して高レベル廃棄物の減容、有害度低減効果も大きい。再処理事業の竣工はこれからの道のりを考えればその一歩を踏み出すことにつながるものである。
現実を振り返ってみると、再処理工場建設に係るトラブルや竣工時期の繰り延べが繰り返されたことや、2016年にもんじゅの廃炉決定がなされたことなどから核燃料サイクル政策は既に破綻しているのではないか、国の本気度が本当にあるのか疑わしいとして核燃料サイクル政策に対する反対や不信などを背景として反対活動が活発化した時期もあった。
政府は原子力委員会が主宰する委員会での議論を踏まえその内容を原子力利用に関する基本的考え方として2023年2月に閣議決定し、2022年にはＧＸ（グリーントランスフォーメーション）基本方針を決定し原子力利用の拡大、核燃料サイクル確立に引き続き取組んでいくことが盛りこまれ、ＧＸ基本方針として2023年2月に閣議決定している。問題は、政府が強い危機感をもち、いかに実現していくか具体策をとりまとめるとともに十分な開発資金を用意することにつきるといえよう。
６．再処理工場の早期竣工への期待と今後の課題
六ヶ所再処理事業はウランとプルトニウムを混合抽出することが基本であることから、核不拡散政策に寄与し、原子力の平和利用の世界的実証事業としてチャレンジングかつ試練の歴史的大事業といえるだろう。
再処理工場の竣工は国際社会から日本の技術力や努力の継続に対する高い評価と信頼が得られるとともに、日本国内においても着実かつ不退転の取組みの積み重ねの結果だと評価され核燃料サイクル政策への理解が深まることが期待される。
国内に貯蔵されている使用済燃料は貯蔵可能容量の８割に達しており貯蔵施設の増強が必要とされているが、再処理工場の竣工により安定した操業が開始されればこの制約が緩和されることになる。
今後の課題としては、2018年の日米原子力協定延長の際に、利用目的のないプルトニウムは持たない原則に基づき、プルサーマルの実施に必要な量だけ再処理を認可する方針が原子力委員会から示されたが、プルサーマルの実施状況にもよるが現実の再処理事業の操業のあるべき姿とＭＯＸ燃料製造時と発電所装荷時の時間差を考えればこの方針は見直しが必要になると考える。これに加えてプルサーマル１２基の早期実現、ＭＯＸ工場の竣工と早期安定操業の実現、ＭＯＸ燃料再処理技術開発の見通しをつけること、高速増殖炉の実用炉開発への取組を本格的かつ加速度的に進めることが求められており、今後の課題は山積みともいえるが、民間だけで出来る事業ではなく政府の本腰を入れた着実な支援体制が求められているといえよう。（佐々木宜彦 記）
pdfはこちらから（プリント版)
今号には、PDF版に「赤ペンおやじのつぶやき」も掲載されています。福島処理水を巡る風評被害を取りあげています。合わせてごらんください。