SEJだより 第30号 南海トラフ地震被害で関東以西の電力が2割しか供給できない状態に ―地震後の日本の復興のためには原発は不可欠―
- カテゴリ: エネルギー 2023-2-4 19:47 閲覧 (1461)
気象庁のデータによると、南海トラフ地震の震源域では予想震源強さがM8~M9級の巨大地震が今後30年以内に約80％の確率で発生するという。この地震により、西日本から関東にかけての太平洋岸で大津波が発生し、津波による犠牲者は40万人超になるとの想定もある。ここでは、津波による関東以西の発電所が被るダメージを把握する検討した。地震発生後1〜2年間にわたって、東京電力と中部電力、中国電力管内で大規模な電力不足に陥り、日本の政治中枢や経済機能に大きなダメージを与える可能性がある。
被害算定のベースとなるデータが少ないため、発電所の津波被害の大きさの精度は不確定性が高いが、大胆な仮定の下に各発電所の被害状況と復旧期間を推定し、その後の電力事情を検討した。
尚、下記の検討を行う際の前提条件として、�ヾ愿谿弊召亮舁廚焚侘枠�電所は沿岸部に立地、��火力発電所のダメージは津波高さだけに依存、➂南海トラフ地震での津波高さと火力発電所被害の大きさ度合いは、東日本大震災におけるそれらの関係と同じ、とした。
２．南海トラフ地震での津波の発生予測（気象庁資料）
南海トラフ地震では震源域として、� Ы找蕨�~紀伊半島沖、�◆У�伊半島沖、��：紀伊半島沖〜四国沖、�ぁЩ郵餡�、�ァЩ郵餡�〜九州沖の5ケースが想定されており、いずれの地域が震源であっても東海から西日本の太平洋側において震度6強から震度７の地震が、また最大で20ｍ超に達する津波が想定されている。ここではケース�，鮗茲蠑紊欧童‘い靴拭６綵Ｅ豐澆�ら東海地方にかけて10ｍから20ｍ超の津波が押し寄せ、多くの火力発電所が立地する伊勢湾地域では5〜10ｍの津波が到来する。またそれ以外でも関東以西の大部分の火力発電所が立地している九州西岸、瀬戸内海沿岸部、東京湾内、それに鹿島灘地域でも2〜5ｍの津波が予想されている
３．関東以西の主な発電所（火力及び原子力）の分布図と南海トラフ地震での津波高さ
南海トラフ地震の影響が最も大きいと想定される九州地域から関東地方にかけては、九州電力、四国電力、中国電力、関西電力、北陸電力、中部電力および東京電力の7つの電力会社がある。各電力会社の主要発電設備である火力発電所と原子力発電所の分布を第１図に示す。
気象庁が公表している南海トラフ地震の際に発生する津波の高さは、震源地の位置によって多少の変化はあるが、総じて太平洋に直面している地域は最大で20m超の津波に襲われるが、浜岡原子力発電所を除くと多くの原子力発電所と火力発電所は入り江や湾内に立地しているために到来する津波は最大でも10ｍ程度となる。浜岡原子力発電所は外海に面しているために20ｍ程度の津波が到来することが予想される。
4. 火力発電所の津波による被災
関東以西の電力会社の発電所の立地場所2）とその地域における南海トラフ地震による津波高さ（気象庁データ1））から、発電所ごとの津波高さを評価した。
先に示した第１図の中に発電所立地場所での想定される津波高さを書き込んで、各発電所における津波被害の程度がわかるようにした。なお、火力発電所が津波の高さによってどの程度の被害を受けるのかは、東日本大震災での火力発電所の被害状況３）のデータを基にして検討した。
大部分の火力発電所は沿岸部に立地しているにも関らず、大津波に対してはほとんど無防備に近い状態であり、5ｍ以下の津波に対しても影響を受けることになる3）。電力会社別にみると、中部電力は最大10ｍの津波の到来が予想される伊勢湾に多くの火力発電所が集中しており、その全発電容量は約2,300万kW、また東京電力は大部分の火力発電所が東京湾内と鹿島灘エリアに立地しているために5ｍ以下の津波により大規模な被害を受ける。
一方、すべての原子力発電所は新規制基準により想定される地震時の津波に対して十分な対策が施されており、南海トラフ地震で発生する津波に対し十分に防御できる対策がとられている。
5．関東以西における南海トラフ地震後の電力状況の大雑把な推計
火力発電所が津波被害を受けた後の復旧にどの程度の時間が必要になるかについては明確なデータはないが、ここでは東日本大震災で大きな津波被害を受けた原ノ町火力（13ｍの津波）や仙台火力（4.7ｍ津波）などのデータ3）を参考にして、復旧に要する期間を以下のような大胆な仮定を基に検討した。
5〜10ｍ津波：1〜2年
2〜5ｍ津波：1年
2ｍ以下：影響なし
上記の仮定をもとにして、各電力会社の津波被災後の復旧状況を、事故直後、1年後、2年後に分けて示したのが第1表、および第2図である。尚、この表の数値は大胆な仮定の下に評価したので精度が低いことを考慮する必要がある。また、この表では水力発電の寄与は10％以下として考慮しなかった。
事故後1年目で最も発電容量の欠損が大きいのは東京電力で、最初の年は88％（3,700万kW）欠落して12％分しか供給能力がなくなり、首都圏の電力供給に重大な支障を及ぼす。また中部電力は事故後2年間にわたって中部電力の８０％に上る2,300万kWの設備容量が不足する。関西電力も火力発電所の被害は甚大であるが、東京電力や中部電力ほどには深刻ではない。これは関西電力の原子力比率が他の電力会社に比べて高いため、南海トラフ地震のような大災害が発生しても一定量の電力は供給できることから被災の影響を最小限に食い止めることができるためである。このため震災後の復興も他地域に比べてスムーズにいくことが予想される。
一方、東京電力では10％前後にまで発電能力が落ち込み、1年程度に亘って90％近い電力が不足する。また中部電力も発電能力が20％程度まで落ち込み、これが2年程度継続することが予想される。中国電力の発電容量も15％程度に落ち込み、85％の電力不足が1年程度続く。これらの電力会社は上記の関西電力と違って原子力比率が小さく、火力発電に大きく依存しているために致命的な影響を受けることになる。しかも東京電力、中部電力管内ともに日本の政治中枢、経済中枢を担って居る地域であり、1〜2年に亘る電力不足での停電は日本の社会・経済の活動を混乱に陥る可能性がある。
6. 緊急事態発生時のエネルギー供給を確保するための一案
以上の考察では、各地の原子力発電所は、南海トラフ地震で想定される地震強度、津波�發気紡个垢詼標罐轡好謄爐�原子力規制に関する新規制基準で義務化されていることから、上記南海トラフ地震が発生しても原子炉自体は健全に動作することが可能であると想定している。但しタービン建屋の耐震強度に関しては最上位の耐震クラスではないため、タービン建屋関連では損傷を受ける恐れはあるが１〜２ヶ月で復旧できると仮定している。現実的には、大震災直後から原子力発電所を十分に利用するためにはタービン建屋の耐震基準を上げるか、あるいはタービン建屋の免震構造を義務化して、地震時でもタービン運転に支障をきたさないような構造強度にするべきであろう。
このため原子力発電所は南海トラフ地震災害後の電力供給に対して非常に有効な手段となりうる。しかし現在、国内の原子力発電所は福島事故の影響、さらに原子力規制委員会による効率性無視の審査体制により既存原発の再稼働審査が大幅に遅れた状態になっている。近い将来に起こりうる緊急事態を想定すると、先ず、原子力規制委員会の審査体制を抜本的に改め、米国原子力規制委員会（NRC）のように効率性と安全性の両輪で審査を進めて、既存原発の再稼働を効率よく進める必要がある。
更に米国では、連邦規則集CFRの中でNRCは、「国家緊急時には、原子力発電所の運転あるいは一時停止を命令できる権限が与えられている」と規定している5）。日本でも米国と同様な制度を設けて、緊急事態時のエネルギー供給を確保するための特例措置が必要ではないか。例えば東京電力の柏崎刈羽の6-7号機に加えて1〜5号機を速やかに再稼働させるような工夫が必要ではないか。更に加えて長期的な観点から新規原発の建設を早急に進めること、新型炉の開発を大規模に進めること、などの対策が必要であると思われる。これらの課題は単に東京電力だけでなく、日本全体の電力会社も緊急事態発生時のエネルギー供給体制について早急に対策を検討することが必須であり、このような緊急事態時に対処できるような体制を前もって準備できるような法律の整備も必要である。
7.おわりに
南海トラフ地震による関東以西の発電設備容量の被害状況を検討した。その結果、精度が悪く断定的なことは言えないものの、地震発生後1〜2年間にわたって、東京電力と中部電力、中国電力管内で大規模な電力不足に陥り、日本の政治中枢や経済機能に大きなダメージを与える可能性がある。
このような混乱を回避するには、既存原発の早期の再稼働、それに新規原発の建設を進めて、緊急事態に対しての電力供給基盤の強靭化を図ることは肝要であり、このための法体系の早急な整備が必要である。
参考文献
１）気象庁HP, 気象庁 | 南海トラフ地震について (jma.go.jp)
2）発電所分布図；https://map.ultra-zone.net/japan_power_plant
3）寅屋敷,哲也、南海トラフ巨大地震による電力供給制約と社会経済的 被害軽減対策に関する研究、関西大学学術リポジトリ、2015年3月
4）泉谷清高、日本における火力発電所の沿岸部偏在と地震被害の問題点、日本国際情報学会誌 11 -1 、2014年12月
5）米国連邦規則：10CFR Part50-103
pdfはこちらから（プリント版)
尚、下記の検討を行う際の前提条件として、�ヾ愿谿弊召亮舁廚焚侘枠�電所は沿岸部に立地、��火力発電所のダメージは津波高さだけに依存、➂南海トラフ地震での津波高さと火力発電所被害の大きさ度合いは、東日本大震災におけるそれらの関係と同じ、とした。
２．南海トラフ地震での津波の発生予測（気象庁資料）
南海トラフ地震では震源域として、� Ы找蕨�~紀伊半島沖、�◆У�伊半島沖、��：紀伊半島沖〜四国沖、�ぁЩ郵餡�、�ァЩ郵餡�〜九州沖の5ケースが想定されており、いずれの地域が震源であっても東海から西日本の太平洋側において震度6強から震度７の地震が、また最大で20ｍ超に達する津波が想定されている。ここではケース�，鮗茲蠑紊欧童‘い靴拭６綵Ｅ豐澆�ら東海地方にかけて10ｍから20ｍ超の津波が押し寄せ、多くの火力発電所が立地する伊勢湾地域では5〜10ｍの津波が到来する。またそれ以外でも関東以西の大部分の火力発電所が立地している九州西岸、瀬戸内海沿岸部、東京湾内、それに鹿島灘地域でも2〜5ｍの津波が予想されている
３．関東以西の主な発電所（火力及び原子力）の分布図と南海トラフ地震での津波高さ
南海トラフ地震の影響が最も大きいと想定される九州地域から関東地方にかけては、九州電力、四国電力、中国電力、関西電力、北陸電力、中部電力および東京電力の7つの電力会社がある。各電力会社の主要発電設備である火力発電所と原子力発電所の分布を第１図に示す。
気象庁が公表している南海トラフ地震の際に発生する津波の高さは、震源地の位置によって多少の変化はあるが、総じて太平洋に直面している地域は最大で20m超の津波に襲われるが、浜岡原子力発電所を除くと多くの原子力発電所と火力発電所は入り江や湾内に立地しているために到来する津波は最大でも10ｍ程度となる。浜岡原子力発電所は外海に面しているために20ｍ程度の津波が到来することが予想される。
4. 火力発電所の津波による被災
関東以西の電力会社の発電所の立地場所2）とその地域における南海トラフ地震による津波高さ（気象庁データ1））から、発電所ごとの津波高さを評価した。
先に示した第１図の中に発電所立地場所での想定される津波高さを書き込んで、各発電所における津波被害の程度がわかるようにした。なお、火力発電所が津波の高さによってどの程度の被害を受けるのかは、東日本大震災での火力発電所の被害状況３）のデータを基にして検討した。
大部分の火力発電所は沿岸部に立地しているにも関らず、大津波に対してはほとんど無防備に近い状態であり、5ｍ以下の津波に対しても影響を受けることになる3）。電力会社別にみると、中部電力は最大10ｍの津波の到来が予想される伊勢湾に多くの火力発電所が集中しており、その全発電容量は約2,300万kW、また東京電力は大部分の火力発電所が東京湾内と鹿島灘エリアに立地しているために5ｍ以下の津波により大規模な被害を受ける。
一方、すべての原子力発電所は新規制基準により想定される地震時の津波に対して十分な対策が施されており、南海トラフ地震で発生する津波に対し十分に防御できる対策がとられている。
5．関東以西における南海トラフ地震後の電力状況の大雑把な推計
火力発電所が津波被害を受けた後の復旧にどの程度の時間が必要になるかについては明確なデータはないが、ここでは東日本大震災で大きな津波被害を受けた原ノ町火力（13ｍの津波）や仙台火力（4.7ｍ津波）などのデータ3）を参考にして、復旧に要する期間を以下のような大胆な仮定を基に検討した。
5〜10ｍ津波：1〜2年
2〜5ｍ津波：1年
2ｍ以下：影響なし
上記の仮定をもとにして、各電力会社の津波被災後の復旧状況を、事故直後、1年後、2年後に分けて示したのが第1表、および第2図である。尚、この表の数値は大胆な仮定の下に評価したので精度が低いことを考慮する必要がある。また、この表では水力発電の寄与は10％以下として考慮しなかった。
事故後1年目で最も発電容量の欠損が大きいのは東京電力で、最初の年は88％（3,700万kW）欠落して12％分しか供給能力がなくなり、首都圏の電力供給に重大な支障を及ぼす。また中部電力は事故後2年間にわたって中部電力の８０％に上る2,300万kWの設備容量が不足する。関西電力も火力発電所の被害は甚大であるが、東京電力や中部電力ほどには深刻ではない。これは関西電力の原子力比率が他の電力会社に比べて高いため、南海トラフ地震のような大災害が発生しても一定量の電力は供給できることから被災の影響を最小限に食い止めることができるためである。このため震災後の復興も他地域に比べてスムーズにいくことが予想される。
一方、東京電力では10％前後にまで発電能力が落ち込み、1年程度に亘って90％近い電力が不足する。また中部電力も発電能力が20％程度まで落ち込み、これが2年程度継続することが予想される。中国電力の発電容量も15％程度に落ち込み、85％の電力不足が1年程度続く。これらの電力会社は上記の関西電力と違って原子力比率が小さく、火力発電に大きく依存しているために致命的な影響を受けることになる。しかも東京電力、中部電力管内ともに日本の政治中枢、経済中枢を担って居る地域であり、1〜2年に亘る電力不足での停電は日本の社会・経済の活動を混乱に陥る可能性がある。
6. 緊急事態発生時のエネルギー供給を確保するための一案
以上の考察では、各地の原子力発電所は、南海トラフ地震で想定される地震強度、津波�發気紡个垢詼標罐轡好謄爐�原子力規制に関する新規制基準で義務化されていることから、上記南海トラフ地震が発生しても原子炉自体は健全に動作することが可能であると想定している。但しタービン建屋の耐震強度に関しては最上位の耐震クラスではないため、タービン建屋関連では損傷を受ける恐れはあるが１〜２ヶ月で復旧できると仮定している。現実的には、大震災直後から原子力発電所を十分に利用するためにはタービン建屋の耐震基準を上げるか、あるいはタービン建屋の免震構造を義務化して、地震時でもタービン運転に支障をきたさないような構造強度にするべきであろう。
このため原子力発電所は南海トラフ地震災害後の電力供給に対して非常に有効な手段となりうる。しかし現在、国内の原子力発電所は福島事故の影響、さらに原子力規制委員会による効率性無視の審査体制により既存原発の再稼働審査が大幅に遅れた状態になっている。近い将来に起こりうる緊急事態を想定すると、先ず、原子力規制委員会の審査体制を抜本的に改め、米国原子力規制委員会（NRC）のように効率性と安全性の両輪で審査を進めて、既存原発の再稼働を効率よく進める必要がある。
更に米国では、連邦規則集CFRの中でNRCは、「国家緊急時には、原子力発電所の運転あるいは一時停止を命令できる権限が与えられている」と規定している5）。日本でも米国と同様な制度を設けて、緊急事態時のエネルギー供給を確保するための特例措置が必要ではないか。例えば東京電力の柏崎刈羽の6-7号機に加えて1〜5号機を速やかに再稼働させるような工夫が必要ではないか。更に加えて長期的な観点から新規原発の建設を早急に進めること、新型炉の開発を大規模に進めること、などの対策が必要であると思われる。これらの課題は単に東京電力だけでなく、日本全体の電力会社も緊急事態発生時のエネルギー供給体制について早急に対策を検討することが必須であり、このような緊急事態時に対処できるような体制を前もって準備できるような法律の整備も必要である。
7.おわりに
南海トラフ地震による関東以西の発電設備容量の被害状況を検討した。その結果、精度が悪く断定的なことは言えないものの、地震発生後1〜2年間にわたって、東京電力と中部電力、中国電力管内で大規模な電力不足に陥り、日本の政治中枢や経済機能に大きなダメージを与える可能性がある。
このような混乱を回避するには、既存原発の早期の再稼働、それに新規原発の建設を進めて、緊急事態に対しての電力供給基盤の強靭化を図ることは肝要であり、このための法体系の早急な整備が必要である。
参考文献
１）気象庁HP, 気象庁 | 南海トラフ地震について (jma.go.jp)
2）発電所分布図；https://map.ultra-zone.net/japan_power_plant
3）寅屋敷,哲也、南海トラフ巨大地震による電力供給制約と社会経済的 被害軽減対策に関する研究、関西大学学術リポジトリ、2015年3月
4）泉谷清高、日本における火力発電所の沿岸部偏在と地震被害の問題点、日本国際情報学会誌 11 -1 、2014年12月
5）米国連邦規則：10CFR Part50-103
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