EUは持続可能な経済の実現を目指した成長戦略を立てている。そのため、「欧州グリーンディール」や「2050年までに温室効果ガスを実質排出ゼロ（気候中立）とするという目標」を定めた。そこへ向かって経済活動を誘導する枠組みを定めるのがEUタクソノミーであるといえる。当初EUタクソノミーの枠組みに原子力が含まれていなかった。その後賛成・反対の議論が行われたうえで原子力（天然ガスも）を含める補完委任規則がEU委員会によって提案され、2022年7月6日に欧州議会によって承認された。
当初原子力が含まれなかった理由は、放射性廃棄物が環境目的に重大な影響を及ぼさないかどうか判断が困難とされたからである。この点についてEU委員会は、欧州共同研究所（JRC）に検討を依頼した。同研究所は検討報告書を2021年3月に公表し、「原子力は他の持続可能エネルギーと比較して、人体や環境に影響を及ぼすものとはいえない」と結論した。その報告を参考にしながらEUタクソノミーの概要を紹介したい。
２．EUタクソノミーの目的と適格基準
最新のEUタクソノミーの構成を図１に示す。タクソノミーの目的は、以下の6つの環境問題として規則(EU) 2020/852に記載されている。また、EUタクソノミーに分類されるための条件も同規則に示されている。 �ゝじ�変動緩和策 ��気候変動的農作 ��水と海洋資源の持続的な利用と保護 �そ朶跳新从僉�廃棄物対策、リサイクルへの転換 �ジ�害防止と管理 ��生態系の防護 タクソノミーで適格となるためには以下の条件を満たさなければならない。 �＾譴聴幣紊隆超�目的に実質的に貢献する。 �△修梁召隆超�目的に著しい悪影響を及ぼさないこと（Do no significant harm, DNSH） �４靄榲�人権、労働基準（ILOの中核的な労働協約）を遵守 �さ蚕囘�スクリーニング基準を満たす �△�DNSHかどうかの評価では、ライフサイクル全体で考えることを求めている。
３．技術的スクリーニング基準 技術的スクリーニング基準は、規則の中に書き込まれているのではなくEU委員会が欧州議会から委託されて発出する委任法案（Delegated Act）として出される。最初に出されたのが、EU(EU)2021/2139である。この委任法案には、原子力と天然ガスは含まれていなかったがEU加盟国の中の原子力派の働きかけがあり、EU委員会は原子力と天然ガスに関する技術スクリーニング規則を先の委任法案に追加する補完委任法案として出すことにした。補完委任法案を出すにあたり、EU委員会は、原子力がEU規則に沿うものかどうか欧州共同研究所（JRC）に検討を依頼した。同研究所は、検討結果の報告書（Technical assessment of nuclear energy with respect to the ‘do no significant harm’ criteria of Regulation (EU) 2020/852 (‘Taxonomy Regulation’)（３）を出した。報告書によれば原子力はEUタクソノミー規則を満たすと結論した。
４．JRCの分析・検討
４．１ライフサイクルでの影響検討 原子力の影響を調べるにあたり原子力のライフサイク全体で評価することとした。ライフサイクルとして以下の８段階を取りあげている。 A) ウラン採掘とウラン鉱石処理 B）六フッ化ウランへの転換 C）ウラン濃縮 D）UO2燃料の製造 E）使用済み燃料の再処理 Ｆ）ＭＯＸ燃料の再処理 Ｇ）原子力発電の運転 Ｈ）放射性廃棄物、使用済み燃料と技術廃棄物の貯蔵及び処分段階での影響 環境への影響を調べる指標として、以下の項目を取りあげている。 GHGの放出量、取水量、水消費、水汚染、生態特性、人体への毒性、土地の利用、大気汚染、酸性化ポテンシャル、富栄養化ポテンシャル、オゾン生成ポテンシャル、資源の劣化、固体放射性廃棄物の生成、気体状放射性廃棄物の生成、液体放射性廃棄物の放出。 さらに、環境影響を検討するとき、技術的な方法と法的規制による方法の両方を考慮した。原子力プラントのGHGの放出量（6gCO2e/kWh）については、水力発電と同様に非常に少なく目的�ゝじ�変動緩和策に貢献（100gCO2e/kWh以下）していることは明らかなので、他の目的�◆銑Δ亡悗掘�技術的スクリーニング基準に照らして重大な悪影響がないこと（DNSH）を示せばＥＵタクソノミーに入れることができる。JRCは、検討の結果、上記指標の全てについてDNSHが成り立つことを示した。
４．２放射性廃棄物に関する調査 後半では、欧州諸国の放射性廃棄物の量、管理のルール、処分・再処理の施設の現状、高レベル放射性廃棄物の地層処分に対する考え方について調査を行った。その結果、高レベル放射性廃棄物を含む全放射性廃棄物についてEUタクソノミーの規則を満たすことができると結論した。
５．補完委任規則 JRCレポートを参考に欧州委員会は、原子力をEUタクソノミーに取り入れる補完委任規則（EU2022/1244）を策定し、欧州議会と欧州閣僚理事会に2022年2月2日に提案した。欧州議会からは2022年7月6日承認された。補完委任規則は、条項１〜３と付属書１，2で構成されている。各付属書は、委任規則2021/2139に追加事項をセクションとして挿入する形をとっている。 補完委任規則のタクソノミー基準は、�ヽ貿灰汽ぅ�ルからの廃棄物を最小にし、エネルギーを作り出す先進技術の商業以前の段階、��発電、熱、水素製造のための、2045年までに建設許可を受けた新設の原子力施設の建設と運転、��2040年までに運転期間延長のための更新の許可を受けた既存施設による原子力発電の3つのケースにわけて設定している。そのうえで放射性廃棄物について以下の条件を設定している。 ・極低・低・中レベル放射性廃棄物の最終処分施設が稼働していること、 ・2050年までに高レベル放射性廃棄物の処分施設に関する詳細な計画があること。 上記条件はすべて満たすこと。さらに新規建設の場合には利用可能な最良の技術を、既存施設の場合は合理的な範囲で安全性向上策を実装すること、2025年からは事故耐性燃料を使うことなども記載されている。以上の前提の下で、各ケースにスクリーニング基準が示されている。具体的なスクリーニング基準は、独自の規制数値および既存のEU規則、ユーラトム原子力条約、各国の国内法基からの引用で構成されている。
６．終わりに：EUタクソノミーの影響 EUタクソノミーはまず持続的な経済活動が満たすべき環境目標、ある経済活動がそれに値するかどうかを判定する基本的な条件、さらに条件をクリアするための具体的な技術的スクリーニング基準という誰にもわかる構造をしていると評価される。 EUタクソノミーに原子力が入るためには、放射性廃棄物がその条件を満たすかどうか明らかにする必要があり、欧州共同研究所で検討された。その結果、技術的・制度的にも条件を満たすことができると結論された。そこで欧州委員会は、補完委任規則として原子力を追加した。 その理念は世界各地に波及し企業活動や政府の規制活動に影響を及ぼす可能性が高い。令和4年2月に発生したロシアのウクライナ侵攻および再生エネルギー支援の負担金の高騰への反省からカーボンニュートラルにこだわるべきでないとする論調も最近ちらほら見られるが、COP27の議論を見てもカーボンニュートラルを目指す大勢は変わらないと考えられる。わが国で同様な投資資金誘導の仕組みを考える必要が出てきた場合EUの仕組みは大いに参考になると考えられる。
参考文献 （１）日本保全学会誌 保全学 Vol. 21 No. 3 （２）日本保全学会 カーボンニュートラルに対する原子力の貢献に関する調査報告書、令和４年3月31日 （３）Technical assessment of nuclear energy with respect to the ‘do no significant harm’ criteria of Regulation (EU) 2020/852 (‘Taxonomy Regulation’), 18 June 2020 （４）Delegated Regulation (EU)2021/2139, 4 June 2021 （５）Commission Delegated Regulation (EU)2022/1214, 9 March 2022 pdfはこちらから（プリント版)
２．EUタクソノミーの目的と適格基準
最新のEUタクソノミーの構成を図１に示す。タクソノミーの目的は、以下の6つの環境問題として規則(EU) 2020/852に記載されている。また、EUタクソノミーに分類されるための条件も同規則に示されている。 �ゝじ�変動緩和策 ��気候変動的農作 ��水と海洋資源の持続的な利用と保護 �そ朶跳新从僉�廃棄物対策、リサイクルへの転換 �ジ�害防止と管理 ��生態系の防護 タクソノミーで適格となるためには以下の条件を満たさなければならない。 �＾譴聴幣紊隆超�目的に実質的に貢献する。 �△修梁召隆超�目的に著しい悪影響を及ぼさないこと（Do no significant harm, DNSH） �４靄榲�人権、労働基準（ILOの中核的な労働協約）を遵守 �さ蚕囘�スクリーニング基準を満たす �△�DNSHかどうかの評価では、ライフサイクル全体で考えることを求めている。
３．技術的スクリーニング基準 技術的スクリーニング基準は、規則の中に書き込まれているのではなくEU委員会が欧州議会から委託されて発出する委任法案（Delegated Act）として出される。最初に出されたのが、EU(EU)2021/2139である。この委任法案には、原子力と天然ガスは含まれていなかったがEU加盟国の中の原子力派の働きかけがあり、EU委員会は原子力と天然ガスに関する技術スクリーニング規則を先の委任法案に追加する補完委任法案として出すことにした。補完委任法案を出すにあたり、EU委員会は、原子力がEU規則に沿うものかどうか欧州共同研究所（JRC）に検討を依頼した。同研究所は、検討結果の報告書（Technical assessment of nuclear energy with respect to the ‘do no significant harm’ criteria of Regulation (EU) 2020/852 (‘Taxonomy Regulation’)（３）を出した。報告書によれば原子力はEUタクソノミー規則を満たすと結論した。
４．JRCの分析・検討
４．１ライフサイクルでの影響検討 原子力の影響を調べるにあたり原子力のライフサイク全体で評価することとした。ライフサイクルとして以下の８段階を取りあげている。 A) ウラン採掘とウラン鉱石処理 B）六フッ化ウランへの転換 C）ウラン濃縮 D）UO2燃料の製造 E）使用済み燃料の再処理 Ｆ）ＭＯＸ燃料の再処理 Ｇ）原子力発電の運転 Ｈ）放射性廃棄物、使用済み燃料と技術廃棄物の貯蔵及び処分段階での影響 環境への影響を調べる指標として、以下の項目を取りあげている。 GHGの放出量、取水量、水消費、水汚染、生態特性、人体への毒性、土地の利用、大気汚染、酸性化ポテンシャル、富栄養化ポテンシャル、オゾン生成ポテンシャル、資源の劣化、固体放射性廃棄物の生成、気体状放射性廃棄物の生成、液体放射性廃棄物の放出。 さらに、環境影響を検討するとき、技術的な方法と法的規制による方法の両方を考慮した。原子力プラントのGHGの放出量（6gCO2e/kWh）については、水力発電と同様に非常に少なく目的�ゝじ�変動緩和策に貢献（100gCO2e/kWh以下）していることは明らかなので、他の目的�◆銑Δ亡悗掘�技術的スクリーニング基準に照らして重大な悪影響がないこと（DNSH）を示せばＥＵタクソノミーに入れることができる。JRCは、検討の結果、上記指標の全てについてDNSHが成り立つことを示した。
４．２放射性廃棄物に関する調査 後半では、欧州諸国の放射性廃棄物の量、管理のルール、処分・再処理の施設の現状、高レベル放射性廃棄物の地層処分に対する考え方について調査を行った。その結果、高レベル放射性廃棄物を含む全放射性廃棄物についてEUタクソノミーの規則を満たすことができると結論した。
５．補完委任規則 JRCレポートを参考に欧州委員会は、原子力をEUタクソノミーに取り入れる補完委任規則（EU2022/1244）を策定し、欧州議会と欧州閣僚理事会に2022年2月2日に提案した。欧州議会からは2022年7月6日承認された。補完委任規則は、条項１〜３と付属書１，2で構成されている。各付属書は、委任規則2021/2139に追加事項をセクションとして挿入する形をとっている。 補完委任規則のタクソノミー基準は、�ヽ貿灰汽ぅ�ルからの廃棄物を最小にし、エネルギーを作り出す先進技術の商業以前の段階、��発電、熱、水素製造のための、2045年までに建設許可を受けた新設の原子力施設の建設と運転、��2040年までに運転期間延長のための更新の許可を受けた既存施設による原子力発電の3つのケースにわけて設定している。そのうえで放射性廃棄物について以下の条件を設定している。 ・極低・低・中レベル放射性廃棄物の最終処分施設が稼働していること、 ・2050年までに高レベル放射性廃棄物の処分施設に関する詳細な計画があること。 上記条件はすべて満たすこと。さらに新規建設の場合には利用可能な最良の技術を、既存施設の場合は合理的な範囲で安全性向上策を実装すること、2025年からは事故耐性燃料を使うことなども記載されている。以上の前提の下で、各ケースにスクリーニング基準が示されている。具体的なスクリーニング基準は、独自の規制数値および既存のEU規則、ユーラトム原子力条約、各国の国内法基からの引用で構成されている。
６．終わりに：EUタクソノミーの影響 EUタクソノミーはまず持続的な経済活動が満たすべき環境目標、ある経済活動がそれに値するかどうかを判定する基本的な条件、さらに条件をクリアするための具体的な技術的スクリーニング基準という誰にもわかる構造をしていると評価される。 EUタクソノミーに原子力が入るためには、放射性廃棄物がその条件を満たすかどうか明らかにする必要があり、欧州共同研究所で検討された。その結果、技術的・制度的にも条件を満たすことができると結論された。そこで欧州委員会は、補完委任規則として原子力を追加した。 その理念は世界各地に波及し企業活動や政府の規制活動に影響を及ぼす可能性が高い。令和4年2月に発生したロシアのウクライナ侵攻および再生エネルギー支援の負担金の高騰への反省からカーボンニュートラルにこだわるべきでないとする論調も最近ちらほら見られるが、COP27の議論を見てもカーボンニュートラルを目指す大勢は変わらないと考えられる。わが国で同様な投資資金誘導の仕組みを考える必要が出てきた場合EUの仕組みは大いに参考になると考えられる。
参考文献 （１）日本保全学会誌 保全学 Vol. 21 No. 3 （２）日本保全学会 カーボンニュートラルに対する原子力の貢献に関する調査報告書、令和４年3月31日 （３）Technical assessment of nuclear energy with respect to the ‘do no significant harm’ criteria of Regulation (EU) 2020/852 (‘Taxonomy Regulation’), 18 June 2020 （４）Delegated Regulation (EU)2021/2139, 4 June 2021 （５）Commission Delegated Regulation (EU)2022/1214, 9 March 2022 pdfはこちらから（プリント版)