現時点のアメリカのクリーンエネルギー計画の原子力開発及び、日米協力の着目点として、2022年に入ってから国内でもにわかに注目を浴びている多目的試験炉(VTR)計画がある。この計画に至るまで、アメリカ国内において政治、経済、研究開発等の各分野で多くの議論がなされてきている。その中で、日本の原子力を考えるうえで参考とすべき点を中心に纏めたい。
アメリカの原子力政策の内容とその立案過程で日本の参考になる点があるか確認してみたい。
アメリカの原子力開発は軍事技術の開発・維持を含め、アメリカでは継続的に原子力の開発が進められてきている。。日本は逆にアメリカの核の傘の下で、兵器としての側面には立ち入らず商業利用のみに焦点を当てている。
総合的な国のエネルギー確保については、1992年、2005年に制定された国家エネルギー法を基礎として2000年代には、再生可能エネルギー、原子力などの各種のエネルギー開発が進められてきている。これらの活動は、長期的視点で、自国の安全保障の中心的課題として、エネルギー問題を様々な視点から総合的に解決していこうという政治の姿勢に支えられており注目に値する。
2.アメリカにおけるクリーンエネルギー・原子力政策
エネルギー政策全体の検討と、政策策定は継続的に行われている。その中で、アメリカでは共和党政権、民主党政権問わず原子力の活用については科学的視点から議論されてきている。この政党の垣根を越えてアメリカのために議論をするという視点は注目に値する。勿論、その中で東京電力福島第一原子力発電所事故以降は、そのような重大事故を起こさないための、安全性向上の議論も行われている。
3.オバマ時代のクリーンエネルギー・原子力構想
2015年には、民主党のオバマ政権が、クリーンエネルギーの世界でアメリカが世界をリードしていく政策文書(Policy Statement)を発出している。その中で、アメリカの進むべき方向性として、オバマ政権は「原子力エネルギーが米国のクリーンエネルギー政策の活力に満ちた要素であり続けることを確実にする」ための行動計画を発表した。
その政策で、オバマ大統領は、2014年に原子力発電がアメリカでの脱炭素電力の60%を供給し、その後も電力部門からの炭酸ガス放出量を削減する主要なプレイヤーになると言っている。そして、アメリカが脱炭素社会への世界的リーダーになるために、稼働中のこれまでの原子力発電所のサポートとともに、新しい高度な原子力技術の開発が、クリーンエネルギーの中心的な課題となっていくとして積極的に進めていくこととしている(GAIN)。このためのアメリカのエネルギーの3つの戦略目標として、エネルギー安全保障、経済競争力、環境への責任を挙げている。
GAINの立ち上げ
2016年の予算9億ドルを民間部門における原子力開発に投資する資金援助など、GAIN(Gateway of Accelerated innovation for Nuclear energy:原子力のイノベーションを加速するゲートウェイ)に着手することとした。GAINの特筆すべき点は以下の三点である。
第一に、このプログラムにより新しい原子炉を設計する場合にその安全性、経済性などを確保しながら進めるため民間が、原子力技術、規制、資金援助に単一のDOEの窓口からアクセスできることとなる。その範囲はDOEの施設群、国立研究所の広範囲に及ぶ。制度へのアクセスは、DOEのクリーンエネルギー投資センターが窓口となる。
第二は、広範囲な原子力インフラデータベース(NEID)である。原子力を開発しようとする者に、アメリカと海外の37の研究施設の802の研究開発機器の利用とその情報へのアクセスを提供する。
第三に、小規模な原子力に取り組む起業家を手助けするものにする。
さらに、原子力の規制についても、NRCはその独立した安全確保の立場を維持しつつ、DOEとともに新しい原子炉に関する現在の規制情報を提供するようにする。
具体的な積極的活動として、既存の100GWの軽水炉技術を保持しつつ、老朽化してきている原子炉、石炭火力発電所の建て替えをSMR及びGEN−4型炉の建設により原子力発電量の二倍化計画を進めていくとしている。
この計画を進めていくうえで特徴的な点は、エネルギー推進を担うDOEと原子力の規制を行うNRCとが、共同でイニシアチブをとることとしている点である。このため、2014年DOEはNRCに対して、DOEが最初のフェーズを実施するので、新型炉設計の許認可に関するGDC(一般設計基準:原子力発電所の共通設計クライテリア)を作成するように依頼し、NRCは第二フェーズで、Na冷却高速炉などの先進型炉の設計に活用できる設計クライテリア(GDC)を作成した。このように、原子力推進側と原子力規制当局が、それぞれの立場から同じ原子力開発という国の目標に取り組んでいく姿には見習うべきものがある。
4.トランプ政権の役割
2018年6月1日にトランプ政権は強固で安全なインフラとエネルギーを確保していくことが、国家安全保障、治安、経済に欠かせないとする声明を発表した。
オバマ政権では、民主党政権下において、新型炉開発など多方面で中国との協力を前提としていたことに対し、トランプ大統領は中国との協力をやめ、同盟国である日本との協力の方向性を示した。
原子力エネルギーリーダーシップ法案(NELA)
2018年9月6日超党派議員により上院に「原子力エネルギーリーダーシップ法案(NELA)」が提出された。この法案は二つの目的を持っている。一つは、アメリカ国内での安価なガス、再エネに対する競争力の強化であり、もう一つは次世代の原子力開発の、技術、人材などで中国、ロシアに後れを取っている状況を打開し、官民が協力して次世代原子炉の分野でアメリカの主導権を回復するという二つを目的としている。内容的には、GAINで示された項目を踏襲している部分が多いがより具体的に進めていく内容になっている。DOEに10カ年原子力戦略計画の策定を指示するとともに、財政的支援の強化を図ることとしている他、2025年などの期限を設け、ロシア、中国、に先行されている高速増殖炉の研究開発を進めること、次世代の原子燃料セキュリティー向上、大学原子力リーダーシッププログラムを含むものとなっている。
5.民主党バイデン大統領とVTR計画
2021年にはトランプ大統領から民主党のバイデン大統領に交代したが、上記の新たな原子力への挑戦は、民主党、共和党という政権によらず継続して推進されている。
このように継続的に進められることにより、DOEとNRCも協力し、産業界、教育界など多方面を巻き込んだ原子力の開発が進んできたわけである。
結果として、将来のエネルギー安全保障に欠くべからざる課題として高速増殖炉、SMR,高温ガス炉などが取り上げられてきている。その中でも、今年になってから新聞紙上を賑わせている多目的試験炉(VTR : ナトリウム冷却高速中性子スペクトル試験炉)の開発が進んでおり、その計画について記したい。この炉は、高速中性子スペクトルによりウランの増殖という利点を生かしながら、安全性、セキュリティを向上させる技術を開発の試験炉として期待されている。
高速増殖炉分野ではロシアが先行し、中国も力を入れている。このままではアメリカの技術的優位性がなくなるとの危機感から力が入っている。この間唯一政権の違いにより変わった点は、オバマ政権時代には中国と協力して新型炉を開発しようとしていたことに対して、トランプ政権では中国と協力する路線が否定され、友好国であり「もんじゅ」などの高速炉技術を有する日本と協力する路線になったことである。日米で協力し次世代の新型炉高速増殖炉が実現されれば日米両国の技術力向上に寄与すると期待される。
図1 VTR炉予想図
6、日本の原子力開発がアメリカを見習うべき点
かっての日本の電力会社は電力の供給責任が有ったため、信頼できる電源として原子力による発電を目指していたが、現在は供給責任が無いため、火力、原子力、再エネなどの事業者は自ら確実に供給できる発電を行うのであり、現在発生している供給不足の責任を取る所はない。その結果、停止中の原子力発電の再稼働や寿命延長に取り組むとしても、このままでは米国のように信頼できる新たな原子力に積極的に取り組むことはできない。
この様な状況を打開するためにアメリカから学ぶべき点を四点挙げたい。
●第一に共和党、民主党を問わず、アメリカという国の将来の安全保障に必要な原子力を一貫して科学的な議論を踏まえて議論している点である。勿論その時代の状況、それぞれの党の基盤などを背景とする若干の差異は見られるものの、アメリカの将来を見据えた議論は真剣であり、日本のような党利党略に左右されたものではない。
●第二に、原子力推進者であるDOEと規制者であるNRCが既存の原子炉のため、また新しい原子炉の開発のために協力して進めていることである。日本の規制当局のように、規制を厳しくして厳しい規制に適合しない原子力は存在しなくてよい、というような自らの合理性に欠ける主張のみを押し付けるものではない。
●第三に民間活力の活用である。アメリカでは国が国民の税金で開発した原子力に関する技術・知見・設備は国民のものであり民間に広く活用させようという姿勢である。これにより民間の知恵も生まれるし、手を挙げる会社も出てきて、開発のための資金を提供する者も出てくる。
●第四に、アメリカでは国が将来のエネルギー確保、安全保障のための資金を拠出しているが、日本では十分でない。
以上見習うべき主要四点に触れたが、日本の現実を見ると極めて悲観的にならざるを得ない。しかし、日米協力もかなり具体的に動き出した。技術者のみならず、政治にかかわる者、規制に携わる関係者、さらに国民全員が当事者として、自らのためだけでなく日本の将来のために行動することを期待したい。
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