脱炭素社会を目指して太陽光などや再エネの電力を大々的に導入しようとしているが、時間変化が大きいため、電力の需要と供給を合わせるため化石燃料による調整が必要になり、これでは脱炭素は難しい。これはエネルギー供給のキャリアを電力に頼っているからである。ガスパイプラインや自動車の燃料も電力と同様に重要なキャリアであり、ここに水素を利用すればこのような問題は解決できる可能性がある。
現在、日本で消費されているエネルギーのうち、約85％が化石燃料で賄われているが、2050年カーボンニュートラル（CN）では、エネルギー源としてはCO2排出のない原子力か再エネ等のクリーンエネルギーに転換しなければならない。
これまでの化石燃料が主たるエネルギー源だった社会では、化石燃料そのものが直接に、あるいは精製することで熱源や動力用燃料として消費されてきたが、クリーンエネルギー源の原子力や再エネで生産できるのは主として電力である。しかし電力は蓄電池などの設備がないと貯蔵できない、製造業では高温熱源の活用が不可欠であり、従来のエネルギー消費をすべて電気で代替するのは困難である。そこでもう一つのエネルギーキャリアーである水素の役割が出てくる。
水素は、燃焼時生成は水のみ、質量当たりの熱量が大きいという特徴もあるものの、爆発限界が広い、金属構造材料に吸蔵されて水素脆化を引き起こす等、取り扱いには注意を要する。
本稿では、CN時代のクリーン水素の製造、輸送、消費までのプロセスを通して、その有益性や課題等について考えてみたい。先ずは（その一）として水素製造の課題について考える。水素の輸送、貯蔵、需要について別途、（その二）で議論したい。
２.水素の需要予測
現在の国内の水素需要は、主に鉄鋼業や石油工業などのプロセス処理など製造業において約150億Nm3（134万トン）/年1）使用されているが、エネルギー関連の水素の用途はほとんどなかった。これは水素利用での経済合理性に問題があることが一因であるが、しかし経済性に課題があっても世界中で水素を戦略的に活用することを計画している理由は、電力以外の製造業や運輸業などで、2050年CNにおけるクリーンエネルギーキャリアーとして可能性の高いことがある。経産省資料2）によると、将来の水素の主な用途は、�“�電部門；水素発電による火力電源の低炭素化、再エネの大量導入で必要となる変動吸収・電力貯蔵、��運輸部門；輸送のCO2排出量の大半(85%)を占める乗用車・貨物車の低炭素化、��産業分野等での熱利用・プロセスの低炭素化（鉄 鋼、石油精製等）、とあり、大幅な水素需要の増加を見込んでいる。
政府の「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」3）によると、2050 年には2000 万トン程度の供給量を目指すとしている。これは現在の供給量：150億Nm3（134万トン）の約15倍に相当する。このような大規模な水素製造システムを、しかもカーボンフリーの条件で構築するには、非常に莫大な設備投資を覚悟しなければならない。
以下に水素製造時におけるCO2排出問題やコストについて、代表的な水素製造方式を取り上げて考えてみる。
3.水素の製造過程でのCO2排出と製造コスト
現在の国内での水素製造は、製鉄所や石油精製プラント等からの副産物としての水素、それに化石燃料を高温水蒸気と反応させる水蒸気改質法1）が大半を占める。しかしこのような水素は、化石燃料を原料とするため製造過程でCO2を排出することからグレー水素と呼ばれている。一方、2050年CNに向けては製造過程でCO2排出のないクリーン水素が要求される。この方式としては、アルカリ水溶液に電気を流して製造する電気分解法、ヨウ素（I）と硫黄（S）の化学反応を組み合わせて高温（900℃）の熱で水素を製造する熱分解法、更に光触媒に可視光を当てて水から水素を分離する光分解法などがある。これらの水素製造方式について、CO2排出係数とコストの面から検討してみる。
＜水素製造過程でのCO2排出係数＞
いくつかの製造方法について、製造プロセスでのCO２排出係数及び製造コスト１）について表-１に示す。各製法によるCO2排出係数は、既存の製鉄所での副産物の水素、あるいは化石燃料の水蒸気改質法では1〜1.3 kg-CO2/Nm3程度である。次に系統電力を利用しての電気分解法では排出係数は1.78 kg-CO2/Nm3となり、水蒸気改質法よりも大きくなる。これは電気分解法の効率が化石燃料改質法より効率が劣ること、それに系統電力の７割以上が化石燃料由来のためである。一方、電気分解法で再エネの電力を使うとCO2排出はゼロであるが、後述するように再エネ電力を水素に転換し、水素発電で電気に再転換の手法は著しく経済合理性を損なう。
＜水素製造コスト＞
次に水素製造コストを見てみる。既存の製鉄所や化学プラントの副産物としての水素は20〜30円/Nm3、化石燃料改質法では31〜58円/Nm3で、化石燃料由来はほぼ20〜60円/Nm3程度である。他方、電気分解法では電力代だけでなく電気分解設備費も大きな割合を占め、系統電力使用では84円/Nm3、また変動再エネの風力発電か太陽光発電の電力でも76〜136円/Nm3で、従来の化石燃料改質法のコストに比べて2〜3倍の割高になる。
次にISプロセスを利用する高温熱源による熱分解法は、JAEAの評価によると高温ガス炉を使ったISプロセス熱分解法で25円/Nm3であり4）、これは現在の化石燃料の水蒸気改質法よりも安価な水素が、カーボンフリーで製造できることになる。 次にクリーン水素製造のうち、電気分解法と熱分解法を取り上げて、現在の状況や課題について考える。
４．クリーン水素製造に関する課題
（１）電気分解法〜変動再エネのバックアップとしての水素の利用は経済合理性がない〜
ここではクリーン水素製造として、政府のグリーン成長戦略でも取り上げている太陽光と風力の変動再エネによる電気分解法の経済合理性について考えてみる。水の電気分解での水素製造のコストは主に電気分解設備の減価償却費と電気代の和として算出される。先ず、設備の減価償却費（水素製造コスト換算）は、図―1に示すように設備稼働率に大きく依存する5）。設備稼働率が下がると設備の減価償却費がべき乗分の一で上昇し、稼働率50％では減価償却によるコストは20円/Nm3程度だが、10％に下がるとコストは100円/Nm3まで急増する。
太陽光発電出力をフルに水素製造に利用した場合には設備利用率は最大でも12%程度なので水素製造の設備費は約80円/NM3以上となる。風力発電では設備利用率は20%前後なので太陽光に比べると低下するものの50円/Nm3となる。
次に運転費としての電気代については、エネ庁発電コスト検証委員会資料6）によると、太陽光発電は12.9円/kWh（＝45.4円/Nm3）, 陸上風力19.8円/kWh（＝69.7円/Nm3）、海上風力：30.3円/kWh（＝106.9円/Nm3）となる。尚、カッコ内数値は水素の単位体積当たりに燃焼発熱量から換算した。
以上から変動再エネを使った水素製造の総コストは、
太陽光発電；80+45.5〜125円/Nm3、風力発電；50+（69.7〜106.9）〜（130〜160円）/Nm3となる。これは現在の化石燃料を使った水蒸気改質法に比べて2〜4倍のコストになり、表―１に示した実際の水素製造コストが概ね妥当であることがわかる。
次に、太陽光や風力発電の変動再エネにおいて、昼間の余剰電力（電気代がゼロとみなせる）を使って電気分解法で水素を製造し、これを夜間の不足電力が発生した時に水素発電を行えば、100％再エネが可能であるということが言われている。果たして、このようなシナリオに経済合理性があるのかを考える。
太陽光発電の昼間の余剰電力が生ずる時間割合は高々、5％程度なので、設備費コストは150円/Nm3以上となる。つまり、電気代がゼロの太陽光の余剰電力を使っても製造コストは150円/Nm3以上と高価な水素になる。
次に変動再エネで製造した水素を利用して、燃料電池で発電をした際のコストを考える。燃料電池効率を60％とすると、燃料電池で得られる電力量は、太陽光では125円/Nm3/0.6＝208円/Nm3（59円/kWh）、風力では217〜267円/Nm3（62〜76円/kWh）となる。これは太陽光発電から直接、電気を受けた場合の４倍、風力では２〜３倍のコストに上昇する。また太陽光余剰電力の場合は、150円/Nm3以上/0.6＝250円/ Nm3以上（71円/kWh以上）となる。
この結果からすると、経産省の水素使用計画の中にある太陽光や風力発電の変動電源対策としての水素の使用は、経済合理性に乏しいものとなる。
（2）熱分解法 〜高温ガス炉〜
水を熱分解して水素と酸素に分離するには、通常は2000℃以上の高温が必要となるが、上記のISプロセス法を使うと、900℃程度の熱源でも効率よく水素製造ができる4）。
原子力、特に高温ガス炉を使う水素製造は、日本以外でも米国、カナダ、フランス、中国、韓国で研究開発が進められている。その理由は、高温ガス炉では1000℃近い高温熱源が得られるために熱分解水素製造の熱効率が高くなり、熱化学法を使う方法では40〜50% が達成できる。また高温ガス炉が実現するまでは、軽水炉発電を使った水素製造方法も検討されているが、総合的な熱効率が19 〜24%と低く、将来的には高温ガス炉を使う方がコスト低下になる。
高温ガス炉の開発とそれを使った水素製造は、日本原子力研究開発機構で推進されてきており、すでにシステムとしての実用化の目途もたっている（右図）。また腐食性流体を取り扱うISプロセス法では腐食環境に耐え得る材料を用いた反応器の開発が不可欠であったが、この腐食についても実用化の目途がついたとしている8）。この高温ガス炉による水素製造は政府の「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」3）の中でも重要分野として位置づけられている。
更に原子炉の安全面でも、高温ガス炉は冷却材喪失事故時でも原子炉が安全に停止する固有安全性を備えていることがJAEAでの実証試験ですでに確認されている。
7.終わりに
CN社会に向けて水素の役割が期待されている中、ここでは水素の製造過程を中心としてCO2排出の少ないクリーン水素のコスト問題を議論した。この結果、変動再エネの太陽光や風力の変動分を平滑化する対策として水素の役割において、本稿で議論した限りでは変動再エネの平滑化対策としての水素はコスト負担大きく、経済合理性に欠けると考えられる。
一方、近い将来には高温ガス炉を使ったISプロセスによる熱分解水素製造がコスト面も含めて大きな期待が持たれている。また本文では少ししか触れなかったが、酸化チタン等の光触媒に太陽光を当てて水を水素と酸素に分解する光分解法7）も有力な方法である。ただ効率がまだ1％前後とかなり低く、今後の研究開発の進展が期待されている。（MK記）
参考文献
1）エネ庁；水素の製造、輸送・貯蔵について 005_02_00.pdf (meti.go.jp)
2）経産省資料：水素社会実現に向けた 経済産業省の取組
資料6_水素社会実現に向けた経済産業省の取組 (env.go.jp)
3）経産省；2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略 （METI/経済産業省）
4）岩月他、JAEA-Review 2014-037
5）国内再生可能エネルギーからの水素製造の展望と課題
002_04_00.pdf (meti.go.jp)
6）エネ庁 発電コスト検証委員会
第8回 発電コスト検証ワーキンググループ｜資源エネルギー庁 (meti.go.jp)
7）加藤、科学と教育、67 巻 11 号（2019 年）
8）JAEAプレス発表（2019年1月）https://www.jaea.go.jp/02/press2018/p19012502/
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以上