東アジアの安全保障の環境は急速に変化している。豪州はインド太平洋地域における安全保障のため原子力潜水艦の保有を米英支援のもとに企画している。韓国も保有の意志表明をしている。広大な排他的経済水域を有する日本は、早晩、同様な備えが必要か否かを検討せざるを得なくなることを示している。本稿では米国の原潜用原子炉の情報をまとめ紹介する。
なぜ原子力を使うのか
潜航能力と運動性能が優れている。静粛性も最近ではディーゼル艦と同等とされる。
1)運動性能
通常のディーゼル式潜水艦では、潜航中は蓄電池に蓄えられた電力のみで動き、水中速力は20数ノットといわれる。一方原子力潜水艦は、水中速力は30ノットを超え、ロシアの溶融塩型原子力潜水艦は、40ノットを超えるといわれている。理由は原子炉を使うと高速運航による燃料消費を心配する必要がないからである。
2)潜航能力
ディーゼル燃料を使う通常潜水艦は酸素補給が必要で長期間の潜航は無理であるが、原子力潜水艦では機能維持・人員生存のための浮上は原理的には数か月間に1度で十分とされる。原子力潜水艦では、艦内の人員の呼吸に必要な酸素、生活用水は豊富な電力で海水から電気分解や蒸留によって作り出され、呼吸により排出される二酸化炭素も化学的に吸着除去される。スペースも大きく乗組員の生活環境は向上している。
世界でどのくらいの原子力潜水艦が稼働しているのか
ウイキペディアによれば、2021年時点で、以下の原子力船が配備されている。
"表 原子力潜水艦の運用基数2021(ウイキペディア、他から)"
原子力潜水艦の全長は、普通約110メートル、大型艦で約170メートル、幅は普通10〜13メートルである。
米国海軍の原子炉の設計
以下は、すべての米国の原子力艦船(空母と潜水艦)は加圧水型軽水炉(PWR)を使用している。陸上の発電炉と違って船の大きな揺れがあっても原子炉の冷却を確保するのに好都合だからである。また、海軍の原子炉は、戦時の攻撃に耐え、乗組員を危険から防護しながら戦闘を継続できるように設計されている。その他の仕様は以下の通り。
米国の原子力潜水艦用炉は、1万〜4万5千キロワットの範囲の出力を有する。この出力レベルは、大規模な商業炉の出力の5分の1以下である。
海軍の原子炉の就役期間を通じた平均的な出力レベルは、最大出力能力の15%以下で稼働ある。商業発電炉は通常、最大出力に近いレベルで稼働している。
港湾内では、停泊後速やかに停止し、出港の直前になって再稼働する。港湾内では、業務用電力は陸上から供給される。
最近の原子力潜水艦設計では寿命中に燃料交換を一度も行わない。そのため保守は簡素化されている。
安全設計
原子炉のオペレータ及び乗組員が原子炉の至近で生活しなくてはならないため、原子炉には重層的なシステムと万全の遮蔽が必要。四重の防護壁を設ける。四重の防護壁とは、燃料自体、燃料を収納する圧力容器を含む全体が完全に溶接された一次系、原子炉格納容器、および船体。原子力軍艦の防護壁は民生用の原子炉のものと比べ、はるかに頑丈、耐性が強い。
海軍の原子炉の燃料は、固体金属燃料である。戦闘の衝撃に耐えられるように設計されている。重力の50倍以上の戦闘衝撃負荷に耐えられる。これは地震衝撃負荷の10倍以上である。
商業炉では少量の核分裂生成物が燃料から一次冷却水中に放出されるのが通常であるが、潜水艦では燃料中の核分裂生成物は、一次冷却水の中に決して放出されない。一次冷却水中の放射能の主な線源は基本的に微量の腐食物である。放射能の濃度(ベクレル/グラム)は、園芸用肥料から検出される自然放射能の濃度とほぼ同じである。
一次冷却水を循環させるポンプは、密閉された水没型のモーター・ポンプである。ポンプは、全体が完全に溶接された一次系の金属性防護壁の内側に完全に収まっており、外側から電磁力によって操作される。
第三の防護壁は、原子炉格納容器である。この中に全体が完全に溶接された一次系および原子炉容器が収まっている。
第四の防護壁は船体である。船体は戦闘における大規模な被害にも耐えることができるよう極めて頑丈な構造となるように設計されている。原子炉格納容器は、艦船の最も強固に防護された箇所に設置している。
軍艦関連の乗組員が受けた放射線量
典型的な原子力軍艦の乗組員が浴びる放射線量は、同じ期間中合衆国国内にいる人がバックグラウンド放射線から浴びる放射線量と比べて著しく少ない。1980年以降、平均年間被ばく量は0.044レム(0.44ミリシーベルト)である。商用原子力発電所の従業員平均年間被ばく量である0.109レム(1.09ミリシーベルト)の約3分の1である。
緊急対応/深層防護
全体が完全に溶接された一次系とし漏れを皆無とする設計基準で設計されているため、原子炉のオペレータは、極めて微量の一次冷却水の漏れも直ちに探知し、迅速に是正措置をとることができる。
フェイルセーフの原子炉停止システムが設けられている。
多重的な原子炉の安全システムを有している。これらは各々予備のシステムを備えている。
緊急の冷却及び遮蔽のため海水を艦内に取り入れ可能。
乗組員が原子炉のかくも至近で生活していること自体が、原子炉の状態の些細な変化についても最も適切かつ早期にモニタリングを実施することを可能にしている。
米国海軍原子力推進機関の管轄機関
海軍の原子力推進装置の研究、設計、建造、試験、運転、メンテナンス及び最終的な廃棄処分は、海軍原子力推進機関プログラムと呼ばれる国防相とエネルギー省にまたがる組織が所掌している。原子力規制委員会は、海軍の原子炉装置の個々の設計について独立して公衆の健康と安全に関わる審査を行う。
これから議論すべきこと
日本が原潜を導入することは以下のようなメリットがあると考えられる。
1)原子力潜水艦用加圧水型小型原子炉は、陸上炉をはるかに超える動荷重・衝撃荷重にたいする設計が求められ、また、原子炉の近くで乗組員が執務・居住するので、燃料や構造材の工夫など徹底的な被ばく防止策が必要になることから、技術力の向上に資することが出来る。
2)日本はディーゼル燃料タイプの通常型潜水艦を22基保有しているが、潜水艦技術は戦前からの技術開発の実績とその成果を反映しており、そのレベルは世界のトップクラスであると評価されている。原潜の船体についてはこの技術が利用できる。
3)発電炉の利用が低迷している現在、原子力の技術開発力を維持するためにも、原子炉の製造現場を確保することは大きな意義がある。
4)原子力潜水艦の製造コストは、通常潜水艦の5~10倍になるといわれている。しかし、活動能力が大きくなることでディーゼル式潜水艦より少ない運用基数で任務を果たす可能性があり、コスト問題が緩和されうる。
以上のようなメリットが考えられる一方、研究開発、設計、規制基準の策定、審査体制の確立、製造期間、等の体制整備が不可欠であり、更に、日本が原潜を保有するには、憲法や原子力基本法などの法律との整合性を考慮する必要がある。
現下の世界情勢を考慮すれば、課題を先送りせずに、日本として安全保障の観点から原潜の開発の是非を本格的に議論すべき時が来ているのではないだろうか。
参考資料
1)外務省、米国の原子力軍艦の安全性に関するファクト・シート、平成18年11月
2) 外務省:米海軍の原子力艦の安全性
3)ウイキペディア:原子力潜水艦
4)ATOMICA:原子力潜水艦の原子炉概略
5)Newsletter, Naval Technology
6)米国国防長官府 中華人民共和国に関わる軍事・安全保障上の展開2020年12月(日本国際問題研究所翻訳)
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