先日NHKの番組で、原子力規制委員会（以下規制委員会と称する）の新規制基準に基づく安全審査に合格しても、再稼働に反対する人が賛成する人を上回っていると報道された。
再稼働の賛否は個人の自由であるが、事故後に日本の原子力発電所の安全がどのように強化されたか知らないで賛否について投票しているとすれば残念なことである。平成27年2月4日に日本保全学会第15回保全セミナーが、東京大学浅野キャンパス武田ホールで140名を超える参加者を得て開催された。福島第一発電所の事故を踏まえて、規制委員会が制定した新規制基準に対する原子力発電所の適合性審査が現在進められているが、それに対する事業者の取組みや保全学会から見た現行規制の課題と提言について報告された。内容は、現在の原子力安全についての最先端の議論であり、専門的ではあるが、一般の方が原子力安全についてどの程度進展したのかが分かる良い講演でもあったので、安全の進展について理解に役立つところを抜粋して紹介したい。
複数の安全機能の喪失に対する備えの強化（自然事象、テロ対策）
規制委員会は、福島原発事故の教訓として地震や津波などという共通要因により、すべての電源が失われ、その結果安全機能が一斉に喪失。さらに、その後のシビアアクシデントの進展を食い止めることができなかったと総括し、新基準を制定した。
規制委員会が制定した「新規制基準は」大別すると3つから構成されている。
�� 想定を上回る自然災害やテロ攻撃などに備えた「重大事故対策」
�� 活断層調査の強化や津波防護柵を定めた設計基準「耐震・津波性能」
�� 既存設備の安全対策を強化する設計基準「自然現象・火災に対する考慮等」
事故以前の規制基準と新規制基準との違いは、図1(クリックすると拡大します、以下同じ）にわかりやすく示されている。従来の基準に比べて、津波対策、自然現象に対する考慮が強化されているほか、シビアアクシデント対策、テロ対策が新設されている。
新しい基準によって、今回の津波の様な事故のリスクは100分の7まで下がった
これを受けて、日本の原子力発電所では、津波対策を強化し、防潮壁（津波を防ぐ）の設置、建屋入口を水密扉（海水が万一発電所に入ってきても建屋内への浸水を防ぐ。原子炉建屋を要塞にして緊急時の冷却系を機能が失われないようにする）とした。また、全電源が失われても、高台に置かれた移動式の電源車から給電できる対策も取った。緊急時の冷却に使う水の供給源も強化された。これらの基本対策をリスク評価というアプローチを使って評価してみると（奈良林原子力学会理事）、新規制基準を満たすように対策を実施すると、図２に示すようにリスクは対策をしない場合に比べて、炉心損傷（炉心が溶けること）の可能性が100分の6から100分の7まで低下し、安全性が向上していることがわかる。放射性物質を閉じ込める最終的な障壁としての格納容器が破損する可能性も調べると対策前に比して、100分の2から100分の4に低下していることがよくわかる。
基準が強化されていると云って、再稼働の審議が長くなるのは許されない
しかしながら、これまでの規制委員会の審査経過を見てみると以下のような課題が浮かび上がっているそうである。
１． 当初、約半年間で審査を行うとの方針が示されたが、加圧水炉の川内１、２号機の適合審査合格まで2倍の約1年、さらに報告書の取りまとめに他の加圧水炉の審査を止めてさらに約半年かかっている。
２． 審査報告書は約2万ページに上っている。書類審査も膨大なマンパワーを要している。
３． ついで、高浜３、4号が適合しているとの見通しが得られた（2月z日に合格している）が、またもや膨大な書類の山と格闘している。
以上のような問題のため、審査に時間がかかり、再稼働まで時間がかかり過ぎているという疑問が生じる。これでは、日本の経済に多大な影響を与えていると言わざるを得ない。
以上を踏まえ、セミナーでは以下のような提言（一部省略）をしている。
１． 新規制基準適合のための安全対策工事、可搬機器の購入は、事業者の責任で実施する。
２．内部溢水、静的機器の単一故障、竜巻、火山の噴火と火砕流、航空機落下の際の火災鎮火など次から次へと後出しじゃんけんの規制が続いている。再稼働は逃げ水のごとく遠ざかっている。合格基準を文書化、予測性を高めることが必要。
３．これまでの慣習にとらわれず、科学的・技術的見地から規制基準の求める要件を満足しているか否か審査すべき。
４．事業者自ら考え、その創意工夫とそれを向上させる規制の取り組みが必要。
事業者の活動について東電を例にとってみてみよう。新規制基準の制定を踏まえ、事業者も安全性向上のため、考え方の整理、事故を誘発する自然現象、発電所内部で起こり得る現象の評価と防止策の実施に努力している。
東電は、平成２５年９月２７日に柏崎刈羽原子力発電所６号及び７号機の新規基準適合審査を申請した。それに対応するため、福島事故の教訓を前述の地震・津波を共通原因とした広範な安全機能喪失と重大事故への備えが不足していたと捉え、下記の基本方針を立て安全向上に取り組んでいる。
・方針１：深層防護の強化
・方針２：想定を超える事象に対する柔軟な対応力
・方針３：事故対応のマネジメントと組織力
深層防護の強化では、津波対策として防潮堤・防潮扉を設置するほか、発電所内部で起こる溢水でも他の区画に流れ込まないように防水したほか、排水可能なようにポンプを設置した（図３を参照のこと）。
具体的にはどんな対策がとられているのか
これを受けて、日本の原子力発電所では、津波対策を強化し、防潮壁（津波を防ぐ）の設置、建屋入口を水密扉（海水が万一発電所に入ってきても建屋内への浸水を防ぐ。原子炉建屋を要塞にして緊急時の冷却系を機能が失われないようにする）とした。また、全電源が失われても、高台に置かれた移動式の電源車から給電できる対策も取った。緊急時の冷却に使う水の供給源も強化された。これらの基本対策をリスク評価というアプローチを使って評価してみると（奈良林原子力学会理事）、新規制基準を満たすように対策を実施すると、長期の全交流電源の喪失時でも原子炉の冷却・減圧ができるように、機動性のある電源自動車や蓄電池の増強を行っている。このように事故時の対応の柔軟性を高めるとともに、事故対応のマネジメントでも指揮命令系統の不明確、情報共有の不足を解消するように組織・命令系統を見直した。地震についても、文献調査、地球物理学的調査、断層の活動履歴の観点から、従来想定していた断層の長さなどを評価し直し、従来の評価と矛盾しないことを確認した。
また、航空機の意図的な衝突に対しても、平成３０年７月までと対策の猶予期間があるが対応策が検討されている。
規制当局と事業者が努力して原子力発電所の安全性が福島事故以前に比べて格段に向上しており、また、それだけに満足せずさらなる向上を目指して努力していることを一般の国民の方にも是非知っていただきたいものである。
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規制委員会が制定した「新規制基準は」大別すると3つから構成されている。
�� 想定を上回る自然災害やテロ攻撃などに備えた「重大事故対策」
�� 活断層調査の強化や津波防護柵を定めた設計基準「耐震・津波性能」
�� 既存設備の安全対策を強化する設計基準「自然現象・火災に対する考慮等」
事故以前の規制基準と新規制基準との違いは、図1(クリックすると拡大します、以下同じ）にわかりやすく示されている。従来の基準に比べて、津波対策、自然現象に対する考慮が強化されているほか、シビアアクシデント対策、テロ対策が新設されている。
新しい基準によって、今回の津波の様な事故のリスクは100分の7まで下がった
基準が強化されていると云って、再稼働の審議が長くなるのは許されない
しかしながら、これまでの規制委員会の審査経過を見てみると以下のような課題が浮かび上がっているそうである。
１． 当初、約半年間で審査を行うとの方針が示されたが、加圧水炉の川内１、２号機の適合審査合格まで2倍の約1年、さらに報告書の取りまとめに他の加圧水炉の審査を止めてさらに約半年かかっている。
２． 審査報告書は約2万ページに上っている。書類審査も膨大なマンパワーを要している。
３． ついで、高浜３、4号が適合しているとの見通しが得られた（2月z日に合格している）が、またもや膨大な書類の山と格闘している。
以上のような問題のため、審査に時間がかかり、再稼働まで時間がかかり過ぎているという疑問が生じる。これでは、日本の経済に多大な影響を与えていると言わざるを得ない。
以上を踏まえ、セミナーでは以下のような提言（一部省略）をしている。
１． 新規制基準適合のための安全対策工事、可搬機器の購入は、事業者の責任で実施する。
２．内部溢水、静的機器の単一故障、竜巻、火山の噴火と火砕流、航空機落下の際の火災鎮火など次から次へと後出しじゃんけんの規制が続いている。再稼働は逃げ水のごとく遠ざかっている。合格基準を文書化、予測性を高めることが必要。
３．これまでの慣習にとらわれず、科学的・技術的見地から規制基準の求める要件を満足しているか否か審査すべき。
４．事業者自ら考え、その創意工夫とそれを向上させる規制の取り組みが必要。
事業者の活動について東電を例にとってみてみよう。新規制基準の制定を踏まえ、事業者も安全性向上のため、考え方の整理、事故を誘発する自然現象、発電所内部で起こり得る現象の評価と防止策の実施に努力している。
東電は、平成２５年９月２７日に柏崎刈羽原子力発電所６号及び７号機の新規基準適合審査を申請した。それに対応するため、福島事故の教訓を前述の地震・津波を共通原因とした広範な安全機能喪失と重大事故への備えが不足していたと捉え、下記の基本方針を立て安全向上に取り組んでいる。
・方針１：深層防護の強化
・方針２：想定を超える事象に対する柔軟な対応力
・方針３：事故対応のマネジメントと組織力
深層防護の強化では、津波対策として防潮堤・防潮扉を設置するほか、発電所内部で起こる溢水でも他の区画に流れ込まないように防水したほか、排水可能なようにポンプを設置した（図３を参照のこと）。
具体的にはどんな対策がとられているのか
これを受けて、日本の原子力発電所では、津波対策を強化し、防潮壁（津波を防ぐ）の設置、建屋入口を水密扉（海水が万一発電所に入ってきても建屋内への浸水を防ぐ。原子炉建屋を要塞にして緊急時の冷却系を機能が失われないようにする）とした。また、全電源が失われても、高台に置かれた移動式の電源車から給電できる対策も取った。緊急時の冷却に使う水の供給源も強化された。これらの基本対策をリスク評価というアプローチを使って評価してみると（奈良林原子力学会理事）、新規制基準を満たすように対策を実施すると、長期の全交流電源の喪失時でも原子炉の冷却・減圧ができるように、機動性のある電源自動車や蓄電池の増強を行っている。このように事故時の対応の柔軟性を高めるとともに、事故対応のマネジメントでも指揮命令系統の不明確、情報共有の不足を解消するように組織・命令系統を見直した。地震についても、文献調査、地球物理学的調査、断層の活動履歴の観点から、従来想定していた断層の長さなどを評価し直し、従来の評価と矛盾しないことを確認した。
また、航空機の意図的な衝突に対しても、平成３０年７月までと対策の猶予期間があるが対応策が検討されている。
規制当局と事業者が努力して原子力発電所の安全性が福島事故以前に比べて格段に向上しており、また、それだけに満足せずさらなる向上を目指して努力していることを一般の国民の方にも是非知っていただきたいものである。
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