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SEJ 日本のエネルギーを考える会

83号 NHKスペシャル「終わりなき被爆との戦い」(平成25年8月6日放送)を見て


カテゴリ:  原子力政策    2013-9-10 16:00   閲覧 (2862)
IOJだより マスコミ関連 編集局

平成25年8月6日にNHKから標記タイトルの放送があった。放射線障害を一般の人が理解するうえで参考となると考えるので、最初にその放送内容の概要を、次にその感想を述べ、その後簡単に福島の事故と比較してみた。
IOJだより pdf
概要
原子爆弾が投下されてから68年、最近になって新しい症状が被爆者に現れてきた。骨髄検査によりそれが骨髄異形成症候群(MDS: Mylodysplastic Sydromes)であることが判明した。同検査によると、60年経って染色体に異常が起こったものである。放射線による人体への影響については、1945年の原爆の投下直後の放射線被ばくによって生じる急性症状、10年後から現れた白血病、1970年ごろから増えたガンがある。


最近になっておさまっていたと考えられている白血病ではあるが、第2の白血病といわれる骨髄異形成症候群(以下にはMDSと記す)が猛威をふるい始めたことが確認されたものである。このMDSと放射線との関係は、長崎原爆病院院長、朝長万佐男氏(専門:血液学)が、原爆被爆者の治療にあたる中で気づき、長崎のMDSの患者のカルテを605人分集め、そのうちの被爆者151人について分析した結果、分かったもので、発症率は以下のようになっていた。
一般人 年間10万人に1人
爆心から1.5km以内 10万人に43.1人
1.5〜3km 10万人に17.6人
3kmより外側 10万人に12.8人
以上の結果は、国際学会誌に発表され、国際的に認められた。このことから同氏は、原爆の影響は半永久的に、一人一人でいえば生涯続くとし、生涯持続という大きな運命を背負っている被爆者には心が痛むとしている。同氏が研究を始めて10年経過し、放射線の影響は、メカニズムを解明する段階から治療法に結び付けるという新たな段階に入った。メカニズムは概ね次の通りである。

染色体は、命の設計図とも呼ばれ、細胞の一つ一つに収められている遺伝情報の塊である。染色体は、23種類で2本ずつある。従来の白血病ではそのうち9番と22番に異常が見られた。新しく確認されたMDSでは、大量に不規則となり、形が変わったり、本数が増えたり、減ったりしている。被爆後60年になって発症する理由はこの時点ではわからなかった。
ここで、原爆投下後のことを、もう一度振り返っておくと、68年前に投下され、爆風に生き残った人に放射線障害が襲ってきた。急性障害である。皮膚に紫色の斑点が現れ、歯から出血し、その後全身から血液がふき出した。20万人を超す人が亡くなったが、1か月後米国は放射線で死ぬ日本人はもういないと声明を出した。土山秀夫氏(88歳、元長崎大学学長)はこのままでは、被爆者は浮かばれないと考え、聞き取り調査を行い、記録を残した。その後、米軍は広島に調査機関を置き被爆の影響を調査したが、治療はしなかった。その後次第に白血病が蔓延し、多くの命を奪っていった。10年が過ぎてから、広島と長崎の研究者が治療のための本格的な研究を始めた。広島大学名誉教授の鎌田七男氏が、染色体に

着目して研究を進め、白血病に共通して9番目と22番目の染色体がその一部を間違って交換し、異常を起こしていることを発見した。その異常が細胞内に増えていき、その結果10年経って血液細胞がガン化する。このメカニズム解明が、治療に道を開き抗がん剤により進行を遅らせることができるようになった。かっては顕微鏡で見分けるしかなかった染色体の異常は、現在、染色体分析技術が進み、特殊な光を当てて一瞬で判別できるようになった。
この技術を含め放射線による急性障害について学ぶため、原発計画を有するアジアの国の研究者が日本に来ている。
長崎大学、原爆後障害医療研究所は、これまでの医学では発症を防ぐことのできなかった急性障害を染色体分析最新技術で克服しようとする研究を始めている。同大学の中島正洋教授は急性障害のメカニズムを調べ、それを抑える薬の開発を行っている。同氏によると想定されるメカニズムは以下のとおりである。
染色体は、多量の放射線を浴びるといくつにも切断される。1か所ならもう一度くっつこうとするが、傷があまりに多いと染色体は自ら破壊してしまう。その結果、アポトーシスが起こり、それが連鎖して人を死に追いやる。
すなわち、一度に大量の細胞が死に、次いで臓器の死が起こり、ひいては個体の死に至る。1回致死量を浴びた臓器は、坂を転がるように悪くなっていく。このような急性障害を抑えることができないかと考え、被爆者の標本を調べた。被爆者の臓器の組織を詳しく調べると、アポトーシスが生じた染色体の周りには、傷を治そうとする分子がその部位に集まっていた。この働きを促進することができれば急性障害を抑えることが可能かもしれないと考えた。
放射線医学総合研究所等でアポトーシスを止める実験が繰り返し行われている。多量の放射線を浴びたマウスでは、バナジウムとナトリウムの化合物(バナデート)で30日間生き続けることがわかっている。毒性のため、人には使えないが、研究は続けられている。
広島大学病院の原田浩徳医師は、MDSの治療に関連して研究を始めている。MDSの場合、23種類の染色体のうち半数に異常がみられるが、白血病のようにはっきりとした傷は認められない。放射線による傷がどこにあるのかを調べるため、遺伝子解析を行った。染色体1個の中に遺伝子がおよそ1000個あるがそれを1個1個調べた。多くのMDSに共通に見られたのは、RANX1(ランクス1)という遺伝子が傷付いているということであった。放射線がたった1個の塩基を破壊して間違ったものにしていたのである。現時点では仮説であるが、この1つの異常が60年かけて染色体の異常を引き起こす。この異常は周囲の遺伝子の異常を誘発していく。異常が少しずつ増えていき60年経って染色体全体の異常となって現れる。この異常をどこかで止めることができれば根本的な治療となると期待される。
最後に、朝長院長の国際会議での発言、「核兵器は遺伝子を狙い撃ちにする病気です」との言葉と鎌田名誉教授の「自分の中にいる原爆」と闘っている被爆者と一緒に行う医者の戦いには終わりはなく、今後もいろいろな形で問題が出てくる可能性がある」との発言で締めくくっていた。
次に、本稿をまとめた時の印象および福島事故との比較について簡単に触れて終えたい。


筆者の感想
(1)本放送は、原爆被爆者と医者・研究者との直接的な交流を番組の中にとり入れ、ドラマ風に仕上げている。その意味では、分かりやすいが、視聴者の感傷を誘いやすくして、原爆への反対を呼び起こさせる部分があると思われる。筆者は、当然原爆に反対であるが、概要をまとめるにあたって、患者との交流の部分は取り上げず、そのほかの部分の科学的事実に焦点を当てた。
(2)積極的な面では、現在放射線の影響(急性障害、白血病、ガン、MDS)のメカニズムがわかる段階になってきており、メカニズム解明に基づいた根本的治療が期待できる時代の入口に立っていることを明らかにしていた。これは朗報であろう。
(3)染色体異常と疾病のメカニズムとの関係は今まで詳細には論じられていなかったように考えているが、この放送ではまさに染色体に焦点が当てられている。遺伝子、染色体、細胞、臓器、人体と下位の組織から上位の器官へと一貫した放射線障害の展開が捉えられ、普通の人にとってもわかりやすい。
(4)原爆と原発を結び付けることはおこなわれていない。その意味でもいたずらに恐怖をあおる、あるいは反原発を主張するための特集ではないのはよかった。
(5)現代社会では人間は放射線とのかかわりは避けられないことも触れていたこともよかった。

福島の事故と比較
放射線の影響は、被ばく量に関し累積性はあるが、同じ線量の被ばくであっても一度に被ばくするよりも長期間かけて被ばくするほうが影響が緩和されるという考えが一般的である。そのうえで原爆と


福島事故の影響の比較をした。
放射線影響研究所の研究データ(付録1参照)によれば、原爆被爆者の被ばく線量は平均で200mSvである。また、被ばく線量が100mSvを超えると線量の増加につれ、ガンのリスクが直線的に増える。一方、100mSv以下では、ガンのリスクが見込まれるものの、統計的な不確実さが大きく、リスクを明らかにすることはできないとされる。国連科学委員会の調査(付録2参照)によれば、福島の原発事故では、避難の処置が迅速に行われたこともあり、避難者のセシウムによる被ばく量は最大10mSv程度と極めて少ない。放射線影響研究所の研究結果や他の医療や研究機関の見解から判断すると白血病や固形ガンに対するリスクは小さい。


付録1 放射線影響研究所の研究データ(原爆被爆者の白血病、リンパ腫、多発性骨髄腫の罹患率データ、1950−2001年)



ほとんどの固形がんでは、被爆時年齢に関係なく急性放射線被ばくによりがんリスクは生涯を通じて増加する。被爆者の年齢増加に従って、固形がんの放射線関連過剰率も、自然発生率も増加する。2500m以内で被爆した人の平均放射線量は約0.2Gyであり、この場合、がんリスクは標準的年齢別の率よりも約10%高くなっている。1Gy被ばくによるがんの過剰リスクは約50%である(相対リスク=1.5倍)
付録2 産経:福島原発事故 国連科学委「がん患者増加しない」 避難早く被曝低減の報道(2013.6.1)から一部を引用
東京電力福島第1原発事故の健康への影響を調査している国連科学委員会は31日、放射性ヨウ素による周辺住民の甲状腺被曝(ひばく)線量(等価線量)について、影響を受けやすい1歳児でも最大数十ミリシーベルトで、ほとんどが50ミリシーベルトを大きく下回ったとする推計を発表した。委員会は事故当時、周辺住民が素早く避難したことで、被曝線量が10分の1程度に減ったと指摘。放射性物質で汚染された食品の摂取が早い段階で防げたことも被曝の低減につながったとした。ここで50ミリシーベルトは甲状腺被曝を防ぐために安定ヨウ素剤を飲む国際基準である。
委員会は、放射性セシウムによる全身被曝の線量も最大で10ミリシーベルト程度と推計。原発事故の対応に当たった東電などの作業員については、初期に空気中の放射性ヨウ素を吸入し、うち2人の甲状腺の被曝線量が最大で12シーベルトに上ったことを確認。ただ、これまでの医学的な検査で異常は見つかっていない。
(S.U記)

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