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SEJ 日本のエネルギーを考える会

SEJだより第40号 日本原子力学会における教科書調査活動について


カテゴリ:  原子力政策    2024-4-1 7:19   閲覧 (631)
1. はじめに 日本原子力学会教育委員会では、平成8年(1996年)より、教科書調査ワーキンググループを設置して、小学校、中学校、及び高等学校の教科書における原子力・放射線関連の記述の調査を実施してきた。本調査活動の概要について以下に述べる。
2. 活動の背景、目的
(1) 背景

 1990年代に発行された初等・中等教育(小学校、中学校、高等学校)教科書の原子力・放射線関連箇所において、例えば、「1979 年のアメリカ合衆国のスリーマイル島の原子力発電所の事故でも、周辺地域に多大な放射能被害をもたらした(高校 現代社会)」などの不適切な記述が散見された。これに対し、我が国の将来を担う生徒にとって、教科書が正確でかつ理解しやすく記述されていることは極めて重要であるとの認識が原子力関係者の間で拡がり、日本原子力学会内に検討グループを設立することとなった。

(2) 目的

 本調査活動の目的は、初等・中等教育教科書における放射線利用、内外のエネルギー資源、原子力利用等に関連した記述の調査を行い、具体的なコメントと提言を行うことにより、教科書のさらなる充実、及びエネルギーや原子力に関する教育の改善に繋げることである。

3. 主な活動内容
(1)経緯

 工藤和彦先生(元九州大学教授)が主査となって、平成8年(1996年)5月に最初の報告書を刊行した。その後、平成16〜17年、21〜25年、27〜30年、令和1〜5年と28年間にわたり、計18冊の報告書を刊行している。令和3年の報告書からは杉本純(元京都大学教授)が主査を引継ぎ現在に至っている。これまでの報告書は以下に公開されている。
https://www.aesj.net/committee/permanent/educational_committee

(2) コメント内容の分類

 教科書の記述に対して、ワーキンググループメンバーが手分けして個々のコメントを作成し、報告書内でやや詳細に記載している。コメントは以下に分類される。
1) 事実関係の訂正(用語、地名、説明、単位、数字等の明らかな間違いの訂正)、
2) より適切な記述への具体的記載例の提示(明らかな間違いではないが、誤解を防ぐための観点から、より適切な具体的記載例を提示)、
3) 適切で明解な記述、バランスの取れた記述、好ましい取組みなどについては、良好事例として評価し、これを奨励。
なお、教科書執筆者の意見、見解の表明など、憲法で保障された表現の自由に属する記述については、基本的にコメントしないこととしている。

(3) 提言の内容

 本報告書で最も中心となる提言は、主として以下の観点より記述している。
1) 多くの教科書で横断的に見られる不適切な記述(事実関係の誤り、ないし、より適切な記述への提示)について、生徒にとってより適切な記述となるようにとの観点から、要約版と詳細版を必要に応じて図表も用いて記載している。具体的には、東京電力福島第一原子力発電所事故の経緯・影響・原因・教訓等の記述、我が国および世界各国の原子力エネルギー利用の状況に関する記述、各エネルギー源のメリットとデメリットに関する記述、放射性廃棄物に関する記述、放射線及び放射線利用に関する記述などである。
2) 教科書執筆の時点では知り得ないその後に生起した重要な進展については、その指摘と、例えば、補助教材の利用等による教育現場への反映を奨励している。具体的には、地球環境問題に関する内外の最新の取組や我が国のGX(グリーントランスフォーメ ーション)実現に向けた基本方針などである。
 参考までに、最新の報告書(2023年8月)における8項目の提言の要約を別添に示す。

(4) 報告書の提出先
 作成された報告書は、文部科学省の関連局・課をはじめ、各教科書出版会社編集部、(一社)教科書協会、教育界・学界などの関係各方面に提出している。コロナ前は、文科大臣や事務次官に主査より直接手渡して説明したこともあった。原子力学会の大会や中学・高校の理科教師を対象とした研修会を含む、原子力人材育成関係の会合でも参加者に配布している。

4. おわりに
 28年間にわたる本活動の効果が多少はあったのか、関係者が本報告書のコメントや提言を評価され、教科書の編集に際して検討・反映いただくことなどにより、近年、記述に誤りが少なく、分かり易くかつ専門的な表現にも配慮された記述が増加してきたと感じる。中学・高校の現場の教師からも本報告書を参考にしているとの声も一部だが直接聞いている。
 今後は、教科書執筆の基礎となる学習指導要領(約10年毎に改訂)についてもワーキンググループとしてのコメントを作成すること、教科書編集者との交流を進めること、現場教師との交流を拡大すること、ワーキンググループ作業の効率化等を課題として進めたい。
(杉本純 記)



別添:「新学習指導要領に基づく高等学校教科書のエネルギー・環境・原子力・放射線関連記述に関する調査と提言 −地理歴史,公民,理科および工業の調査−」(2023年9月)における、「2.教科書記述への8項目の提言」より

提言1:東京電力福島第一原子力発電所事故に関する記述について
 「化学」および「物理」の一部を除くほとんどの教科書で東京電力福島第一原子力発電所事故に関連した事項が記載されています。内容は国,諸機関の報告書(刊行物),あるいはメディア情報などに基づいて記述されていますが,事故の原因や経緯等の記述に関する引用・裏付資料の選択に当たっては,極力正確で公正な取扱いをした資料を参照されることを要望します。特に,最新の科学的知見に基づいて,事故後に放射線被曝を直接の原因とする健康影響は報告されておらず,将来的に健康影響が発生する可能性も低いとの結論が得られていますので,より正確な記述をしていただくよう要望します。
また,事故後10年以上を経て,復興の一環として,地元の若者たちの将来を見据えた新しい取組や明るい一面についても可能な範囲で紹介されることを要望します。

提言2:国際原子力・放射線事象評価尺度に基づく事故スケールの考え方について
 原子力施設の異常事象や事故については,原子力のリスクとして各教科書でよく取り上げられております。例えば,数研出版の「公共」におきましては,チェルノブイリ原子力発電所と東京電力福島第一原子力発電所の事故が取り上げられています。 また,東京書籍の「政治・経済」では,高速増殖原型炉もんじゅのナトリウム漏えい, JCO 核燃料加工施設の臨界事故,中越沖地震による東京電力柏崎刈羽原子力発電所の損傷,東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故が具体例として取り上げられております。
一方,事故のスケールについては,国際原子力・放射線事象評価尺度(INES,注)にて事故の深刻度に応じて,科学的な観点でレベルが定義されており,上記異常事象・事故においてもそのレベルには大きな差があります。

(注)INES:International Nuclear and Radiological Event Scale
国際原子力・放射線事象評価尺度であり,国際原子力機関(IAEA)と経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)が設定し,各国に採用を勧告

 事故の深刻度については,必ずしも社会的な取り上げられ方に比例しないことを踏まえ,INESに定義された異常事象・事故レベルを念頭に具体例を取り上げていただくように提言します。
 本提言の解説に,INESのレベルの定義,具体例を記載しますので,執筆時に参考にしていただければ幸いです。なお,中越沖地震による東京電力柏崎刈羽原子力発電所の損傷につきましてはレベル0とされております。

提言3:我が国および世界各国の原子力エネルギー利用の状況に関する記述について
 工業,世界史探究,政治経済などの科目の一部の教科書において,原子力エネルギーの利用に係る記述の中で,核燃料(原子燃料)サイクル,高速増殖原型炉もんじゅの取扱いに触れられた教科書がありました。 我が国においては,2023 年 2 月に閣議決定されたGX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針により,産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心に転換を図ることとされました。この中には,原子力エネルギーの利用の方針,核燃料サイクルに係る内容が含まれています。一方で,「もんじゅ」の廃炉が進められていますが,こうしたエネルギー開発に係わる経験は今後のエネルギー問題を考えるうえで,重要な意味があるものと考えられます。
GX実現に向けた基本方針で取り上げられている政策や,それに関連する事項については,今後のエネルギー問題を考えるための参考となることから,省エネの推進,再生可能エネルギーの主電力化などと合わせて,できるだけ最新の情報を分かりやすく適切な記載で取り上げていただくことを要望します。 また,ロシアのウクライナ侵攻の影響もあり,世界各国でエネルギー安全保障の観点などから,それぞれの国の事情に応じて原子力利用に関する様々な動きがあります。こうした各国の動きは,後述する地球環境問題(温室効果ガス削減)に関する取組との関連性も深いことから,我が国の動きと同様,できるだけ最新の記載とすることを要望します。

提言4:各エネルギー源のメリットとデメリットに関する記述について
 エネルギーは食料と同じように国民生活に必須であり,持続的に確保することが重要 です。このため,国はエネルギー政策基本法を2015年に制定し,エネルギーの安定供給や環境への適合等の目標に沿うよう定めています。特に昨今のカーボンニュートラルやロシアのウクライナ侵攻の厳しい国際環境の中で,島国日本がこれからのエネルギーを持続的に確保していくことがより重要になります。
しかし,エネルギーの問題は複雑なため,特に政治経済,公共,倫理等の社会系の教科では,新しく導入されている再生可能エネルギーや将来導入が見込まれる新エネルギーについても,メリット,デメリットを含めて解説し,理解しやすくなるような工夫をされること,さらに,供給の安定性,安全性,環境への影響(温室効果ガスの排出)についても言及されるよう要望します。

提言5:放射性廃棄物に関連する記述について
 工業,政治経済の教科書において,放射性廃棄物についての記述がありました。中には,放射性廃棄物の種類の説明を含めて詳細な記述がなされている教科書もありました。
また,高レベル放射性廃棄物については,処分場の立地の状況が記述されている教科書もありました。
徐々にではありますが,各国の処分に向けた取組が進んでおりますので,他の項目と同様,最新の動向を踏まえた記述がなされることを要望します。

提言6:放射線及び放射線利用に関する記述について
 今回調査した教科書では,「物理」において放射線に関する記述が大変充実しており,高く評価します。その内容は,放射線の種類と性質,放射性崩壊(壊変)と半減期,放射線・放射能に関する単位,放射線被曝による人体への影響など,放射線について科学的に理解するための基礎知識が網羅されています。一部の教科書に,放射線に関する単位についての説明が不十分な教科書がありました。放射線被曝によるリスクを定量的に理解するため,正確さを失わない範囲で可能な限り分かりやすく記述されることを望みます。
また放射線の利用技術は,現在の便利で豊かな私たちの生活を舞台裏で支える技術と して不可欠なものとなっています。今回調査した教科書には,身近なレントゲン写真などの医学利用だけでなく,工業,農業,科学研究など多様な分野での活用が記述されており,高く評価します。最新の技術も含めて,生徒の関心を引くような利用例を引き続き教科書に取り上げていただくことを期待します。

提言7:地球環境問題に関連した記述について
 地球温暖化抑制への取組については,「パリ協定」(2016年11月発効)に基づいて COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議,2021年11月)で示された各国の意 気込み,我が国の地球温暖化対策計画の改定(2021年10月22日閣議決定)などの最新の 情報が提供されることを望みます。 また,持続可能な社会の実現に必要な技術については,各発電方式における二酸化炭素排出量の比較といった定量的なデータが示されることを望みます。

提言8:原子力エネルギー利用についての多様な学習方法の拡充について
 原子力エネルギー利用には,東日本大震災が起因となった東京電力福島第一原子力発 電所の事故以前,以降を問わず世界各国で賛否両論があります。それは,単に事故のリスクのみといった単一の視点だけで判断できる問題ではないからだと考えます。つまり,原子力エネルギー利用を学ぶためには,考えるべき視点が様々かつ一教科の学びで完結しない教科横断の学びが必要になってきます。だからこそ,新しい学習指導要領の趣旨を最大限に生かして「主体的・対話的で深い学び」を展開することができる学習内容であると考えます。
指導者と教科書会社各社の創意工夫によって,次世代を生きる全ての生徒が原子力エネルギーを始めとしたエネルギー問題について,主体的・対話的で深い学びを通して,賢明な判断力を身に付けることができるようになることを期待します。

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